ベンチャー企業が日本を復活させるってマジなの? 経済と人 鶏と卵


 

日本産業の国際的地位の推移

 

前項までの経済・産業システムの移ろいの間に、日本産業の国際的地位は変動していた。

まず経済と人々の暮らしが密接にリンクしていた頃、日本の経済は国際的な面のシェアをバッチリ抑えていた。

それは2000年位まで世界中に残像が残っていたと言えるし、残像は日本人の脳を2010年くらいまで支配していた。

 

2000年位までは各国の空港や大規模都市に日本の大企業のネオンサインを見ないところはないほどだった。

電化製品もやっぱり日本製がシェア大、車の燃費や生活上の利用性能もだいぶ優位だった。

いつしか車や電化製品の性能で日本製が優位であると言えない時代が来ていたし、大企業のネオンサインはサムソンやよくわからない中国のでかい会社のそれに切り替わり始めた。

 

上海の浦東・黄浦エリアで夜運行されている巨大ビジョン船。

昔はSONY・パナソニックだった映像が、サムソンやLGに変わった。今は多分中国の大企業のものになってるだろう。

変わらないのはそのビジョンにプロポーズの言葉を載せて結婚しようと画策している結構情熱的な中国人カップルの姿くらいなもんだ。

 

経済と人が密接だった時代になぜ経済的成功が日本人を全体的に潤わしていたのか?

それは日本企業の国際的シェアが高かったからであって、成功=外から利益を持ってくる構造があったからだ。

金利、株価、土地が上がったときに利益享受する個人の数は今とは比較にならなかった。

(日本人が貧乏になって不動産や株といった資産と無縁になった今の時代では本当に全く想像がつかないだろう。)

 

そしてそれはプラザ合意前後で崩壊をし始めた。

貿易摩擦が激化して、アメリカに日本はかなりいじめられた。当時はソ連があったからまだマシだったけど、ソ連がなかったら防衛を考えなくていいアメリカは日本を平然と半殺しにしていたのだろうと、今考えたらゾッとする状況だった。

技術を海外に移転し始めたのは、貿易元を日本からマレーシアや中国にスライドさせて、貿易摩擦をよその途上国になすりつけようという大変合理的な発想に起因していた。

 

まだ現役だった戦中派が、戦時賠償のつもりも兼ねて盛大に技術移転は推進された。

この時点での日本人の頭にあった共通認識と言うか、社会的な約束事は、次はホワイトカラーの時代へという一点だった。

つまり金融とかホワイトカラーがする仕事が増えて、ブルーカラーの職工の息子たちは大学を出てスーツを着て、ものづくりじゃない仕事をして、海外に進出した事業を監督して働くのだというのがコンセンサスだったわけだ。

(そりゃそうだ、自動車部品を作る期間工しか出来ないとわかっていたら大学へ進学する学費なんか出すわけがない。子供の将来資金だと思って現金で貯金しておくだろう。)

 

そしてそれが実るはずだった頃にバブルは崩壊して金融は弱体化し、ついでに外為と銀行経営の環境は激変して、銀行は海外進出一転国内撤退へ舵を切ってスーツを着て監督する仕事は激減し始めたわけだ。

 

金融での海外シェアも弱体化し、IT化(当時はマルチメディアとか色々な名称があった)が始まって日本企業の国際的シェアは転落を始めた。

特に廉価品を作るために国外で半導体を製造していたのは致命的だった。

日本の半導体をメディアが連呼していた時代に、既にほとんどのPC自作ユーザーは韓国製のやすいメモリでマシンを自作していた。韓国メモリと日本メモリの値段は倍半分どころか三倍くらいの開きがあったんじゃないだろうか。

 

軍荼利のこの手の経済記事でたいてい1995年をメルクマールにしているのは、WIN95の登場と阪神大震災を理由にしている。

WIN95は産業革命の始まりを静かに告げていたし、それに日本が参加できる余地がなくなったことも象徴していた。

阪神大震災でバブルの明るいムードを失った日本人の、カラッとした消費形態は本気で激変した。短くない期間麻痺した公共交通機関は、季節収入に依存していた西日本の小規模事業で想像を絶する数の倒産を生んだ。

 

新たに経済を立て直すために国が音頭を取って色々やり始める時代が始まったけど、だいぶ前に産業を国家的にコントロールできる時代は終わっていた。

 

従来の日本経済でもっとも中核的だった仕組みといえばメインバンクシステムだった。

大蔵省や銀行を通じた産業コントロールの時代から、最後の強みだったメインバンクシステムの崩壊の時代が始まっていた。

 

変化について行けてない日本人の意識と、人と街から分離し始めた企業経営

 

それでもまだ強かった日本経済 の担い手はメインバンクシステム、銀行を中心とした金融界だった。

潰れそうな企業を人材まで含めて支援して、手に余ったら合併を推進して救済し、残っているシェアを失わないことで1995年以降の日本経済を支えたと言える。

未だにこのメインバンクの発想は、当の銀行業界の大多数も含めて日本人の脳内に存在していると言える。

 

既に一部の大手銀行や賢しい金融マンは気づいてしまったけど、このメインバンクの幻想が完璧に剥がれた時、日本人が認識している日本経済は完全に姿を変える(それも極めてネガティブに)だろう。

 

増資のほうが融資よりコストが安い時代が訪れて以降、金融界はずっと配当と利息を競争させてきた。

で、現在優良な企業は金利0.4%とか0.3%で融資を現実に受けている。

これがメインバンクシステムを破壊する決定打になる。

 

東芝の崩壊途上で目立ったのは、銀行の影の薄さだった。

今までだったら合併を推進したりして救済に立ち回っていたはずなのに、今回は半導体部門を売れなどと圧力をかけて東芝の将来には知らん顔をした。

確かに東芝なんか潰れて当たり前だと思うけど、その理屈は可能性が十分ありそうなあの林原グループにも適用されなかった。

 

つまりどういうことかと言うと、たったそれだけの金利で企業経営にまで肩入れして、成功しなかった場合大損する企業再建や起業そのものに関わる動機が金融機関から既に失われているわけだ。

健全な状態に戻して、1000億融資できても10億利息取れたら御の字の金融市場の環境に、シェアを失って安泰とは言えなくなった企業の経営環境。

そこに余計なコストをかけることこそ預金者に対する背任だという理屈だって十分成立しうるだろう。

 

経済構造は上述までの通り、日本人の脳内に存在する姿から大きく変貌している。

債権者も儲からない、伸びたら他の日本人の利益を奪うだけの存在に成り下がったのが現在の日本企業の姿と言えるし、アメリカ以外の多くの先進国の企業(非金融)の実態とも言えるだろう。

 

実際問題日本企業の内部留保が増えた増えたと連呼しているけど、その増えた内部留保の原資は経常利益だ。

国際的シェアは低下して(数量ベースで売上が伸びてないことを意味している)、人件費が上がってない中で経常利益を増やしたのは為替差益と補助金、削った人件費ということだ。

得する人間が誰もいない無機的な増加、それを更に増やすために労働環境の改革を訴える不気味な存在になった。

 

そして金融が弱体化する過程で、仕組み的に保証協会付きでしか中小企業に融資しない、できなくなった金融機関はメインバンクの幻想を(制度的な支援を受けつつ)引きずりながら、実際の行動は逆方向に動くことで他の国よりまずい方向に時代を進めている。

経済産業省は中小企業のM&A(合併・買収)情報を集めたデータベースを外資系企業に開放する。今年度中に日本貿易振興機構(ジェトロ)を通じて情報提供を始め、日本の中小企業の製品や技術に関心がある外資に紹介する。技術の伝承や地方の雇用の場の確保を重視し、優良な中小企業の廃業を防ぐ狙いだ。

via: 後継難中小 外資に紹介 経産省が情報公開 M&Aで廃業防ぐ :日本経済新聞

 

誰でも空目すると思うけど、どうして売りたい会社を外資に売るのか?

中小企業で意欲があるところを中核に据えて、合併させて大きな会社を作り、地元密着型のドメスティックな金持ちを増やせばいいじゃないかと誰だって考えるだろう。

ところが、中小企業向けの融資はしない、出来ない方向で監督行政が行われてきた25年近い年月がその発想を銀行に許さない。

保証協会の枠を超えた金額で投資をしたかろうが買収をしたかろうが出来ないから結局外人に売るしかないところまで来てしまった。

 

中小企業向け融資の根幹を信用保証協会に完全に依存してきた日本特有の事情と言えるだろうし、それで大きな会社が出来てもお話にならない金利しか取れないのなら、より利益が見込める買い手の売買に金を出したいのも実に自然な話だ。。

この手の資金を貸し出す際に保証をつける制度は日本にまだ存在しない。あったとしても生まれた時点で死文になってるどうしょうもない制度なのだろう。

 

現在、日本の中堅以上の企業の大多数の成功や失敗は、集団としての日本人の利益と全く別な世界の話になった。

人間と夜空のように遠い距離がそこにある。

 

というわけで、政策が成功して経済がどうなったところで、しばらくのあいだ、それこそあと30年とか40年位それが日本人の利益につながることはないだろう。

前項までの通り、ZOZOTOWNの成功で儲けている人が殆どいないことや、地方で農協直営スーパーやらローカルビジネスが成功したからと言って街の人の暮らしが楽になった事例なんかないのと全く同じように。

 

それでもまだ、地方豪族と言える企業や、相応の人数を雇用している企業に、特に地銀、第二地銀はメインの意識を持って接している。

地域と距離が近いだけに、自分たちが大量に失業を生む引き金を引けないという義務意識も大いにそれに影響しているけど、(あと5年もしないうちにそうなるだろう)その意識が消滅した時が、日本人の牧歌的な思い出を木っ端微塵に破壊する時になるのだろう。

 

企業・経済・金融政策で何をやっても市中に金が出回らないと言っても、市中に金を出回らせる仕組みを既に日本は失っている。

需要者の中小企業に大胆な融資ができるシステムはない上に、大きく安全そうな会社に貸そうとしても、資金需要がない上に貸したところで金は外部に出ていかない時代が来ている。

株式市場に金を出したところで、設備投資の計画も特になければ、新興企業群はそもそも金がかからないギミックでしか事業を行わない。

(IPOで公募した金をうまく回してリスクを取らない方向の発想しか持ち合わせてない。)

 

ベンチャーも出来た、金は使ってくれない。

ものづくりの保存にも成功した、最後に中国人がそれを買うのだろう。

 

日本の企業向け施策は案外成功している。

問題なのは、それが成功したところで特にメリットがない今の環境だし、そういう環境になったのだという構造的な理解をしている人が極めて少ないことだ。

(融資より増資が安いことや、なぜ優良企業向けの融資がやたらに金利が安いのかも本質的に理解してる人間ですら一握りなのではないだろうか。)

 

そして、経済から入って人々に利益を回そうという発想も、人々が卵で経済と企業は鶏なのだという(根と枝のような)構造的理解が出来てないことを意味しているし、だからこそ経済的施策がうまく転がろうが下手に転がろうが日本の復活=個人の安心感や幸福感の増大につながらない理由になっている。

 

経済政策は全般的にあなたを幸せにすることはないだろう。

それが原理的に起こりえない時代の谷間にはまり込んでいる。

個人の幸せは経済政策以外から模索しないことには厳しい時代になっていると認識したほうがいいということだ。

 

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