アイヌ遺骨一次訴訟 北大が事実上の敗訴 コタンの会などに遺骨返還


日本の南北端の宗教問題に一歩前進

 

北海道大が1930~50年代ごろ、研究目的で墓地からアイヌの遺骨を掘り出したのは供養の侵害に当たるなどとして、アイヌや浦幌アイヌ協会が北大を相手取り、遺骨返還などを求めた訴訟で、札幌地裁(本田晃裁判長)は25日、原告の居住地域から掘り出された身元不明遺骨11体をコタン(集落)再建を目指す「コタンの会」(清水裕二代表)に返還することを柱とする和解案を提示し、双方が受け入れた。

via: <アイヌ訴訟>遺骨を返還へ 北大と遺族らが和解 (毎日新聞) – Yahoo!ニュース

 

2012年だったか訴訟提起されていたアイヌ遺骨返還訴訟が和解と言うんだけど、事実上北大の敗訴という形でようやく結審したようで。

訴訟の経過が気になるんだけど、遺骨そのものは返すけど、慰謝料の支払いが問題で北大が法廷で戦ったのか、それとも返すつもりはあるんだけど、既に受け入れた資料を放出するための通過儀礼として訴訟手続を事務的に処理していたのか。

 

どちらだったのかというのは、アイヌ問題で重要なキーポイントのような気がする。

 

前者として争ったのであれば、大学として民俗研究をしていたはずの北大のデリカシーの問題で、今現在供養する後継者が居た墓を勝手に掘り起こして盗掘した遺骨や遺物を故買してしまったことの持つ意味をちょっと考えたほうが良かったんじゃないかと思う。

 

遺骨による民族研究は日本でもかなり盛んで、古い古い遺骨を発掘して、日本人が亜種としてどの程度に分化していたのかあるいは併合してきたのかがわかる貴重なもののようだ。

実際、熊襲や土蜘蛛といった古代日本の民族の頭蓋骨は、近畿の平均的現代日本人のものとは頭蓋骨が特徴的な違いを示しているらしい。

(だから九州や北日本は美人が多いのではないかと勝手に思っている。)

 

しかしアイヌと沖縄に関して言えば、もうわざわざ発掘して調べるまでもなく違いはわかりきっているし、それ以前にわざわざ祭祀者の居る墓地なんか掘らんでも、とっくの昔に遺跡になったところなんかいくらでもあるはずで、この盗掘された遺骨の1950年そこらの年代を考えるとあまりにも乱暴だったのではないかと思う。

どういう目的や経緯での入手かわからないからどうとも言えないけど、民俗学とかそういうものの資料なのだったら関係者は良心に基づいて訴訟手続を省略して、頭を下げて返したほうが良かったのではないかと思えてならない。

 

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沖縄でもくすぶっている墓地問題

 

沖縄本島には限られた土地しかない中で沢山の米軍基地があり、その中でも象徴的だなあと思わせる風景が普天間基地のフェンスの中にある個人所有の亀甲墓の存在。戦後米軍に接収された土地の大部分が私有地で、先祖代々の墓ごとフェンスの中に追いやられたものも少なくない。一体基地の中にあってどう墓参りをするのかというと、年に一度、4月の清明祭の時に米軍に入場許可を取って、フェンスの中に入ってお参りするのだという。

via: 米軍普天間基地内の亀甲墓 – DEEP案内不動産部

 

この遺骨返還訴訟のハイライトになる部分は、原告の一員の城野口ユリさんの陳述書に凝縮されている。

母が亡くなる2ケ月前のことです。母は私に突然、
「ユリに伝え残したい事がある。よくよくしっかり聴け!オラは何時死んでも悔いはないが、先祖に対して申し訳ない事がある。」
 と語り始めました。

「北大病院の医者(和人=シサム)達が、黙ってオラのエカシ(孫爺)やフチ(孫婆)、アチャ(父)、ハボ(母)達や周りのお墓を掘り、穴だらけになっていたのが情けないんだ。お前も見たので覚えているだろう、ユリ。オラは何時どうなってもかまわないが、先祖のもとに行った時、『マツ!お前はその年まで娑婆にいて何をやって来たんだ!折角収まっているオラ達先祖のお骨をコタンに戻してもらう事ができなかったのか?』とオテッキナ(怒鳴られる)と思うと、死にきれないのだよ。ユリ、頼むから北大にあるオラの先祖のお骨を杵臼コタンに返して欲しい。何とか努力してくれ!」

 そして、こうも言いました。
「オラ、この54~5年間、情けなくて、情けなくて、たとえ1日だってこの事について忘れた事はないよ。オラはカムイノミする度に、ピンネ アイアシナウコロ オイナマツサンケ カムイ(遠い、遠い、温かい女の神様)、キナスカムイ(龍神様)にお願いしている。アイヌだからと人バカにしているシサム達に、天のバチクワチを与えてくださいと祈っている。災害など悪い事が起きた時は必ずオラを思い出してくれ。オラは何時も天から見下ろしている。そして、北大を訴えて罰金も取れ!」
 と、涙しながら私の手をぎっちり握って離そうとしなかったのです。

 

via: 北大開示文書研究会/遺骨返還訴訟

 

母の思い、そして私の思いは、

(1)なぜ、どういう理由で北大はアイヌに無断でお墓を掘り起こしたのですか?

(2)そのお骨を、北大はどのように使ったのですか?

(3)お墓の遺体には、宝物(刀・タマサイなど)が必ずありますが、それはどうしたのですか?

(4)遺骨が眠っていた杵臼コタンの墓地に、遺骨を元通りに戻して欲しいのです。一緒に埋葬されていたタマサイや耳飾りや刀も埋め戻してほしいのです。

(5)母は54~5年間もの間、悔しくせつない生涯を過ごしました。その償いを誠意を持って示して欲しいのです。お金には変えられない心の問題でありますが、損害賠償や慰謝料などでの形で、謝罪の心を示してほしいのです。

 以上が、母の遺志なのです。

 

via: 北大開示文書研究会/遺骨返還訴訟

日本人にとって普遍的な話に置換すると、我々の現在供養している祖父母や曾祖父母らの墓から、研究のために勝手に遺骨を持ち去られたらどう思うかという話だ。

誰一人供養するもののいない、江戸時代とかの無縁仏を発掘するのと(つまり遺跡発掘)、今自分が供養している墓を掘られて研究されちゃうのはだいぶ意味合いが違ってくるんじゃないだろうか。

 

そのものずばり、これって民族差別の典型例のお話で、普通土足で入り込んだらアウトだろうと言う所にズカズカと踏み込んでそっくりかえって、憤る相手方に反訴陳述してしまったってことになる。

 

そして沖縄でも墓地で似たような問題を抱え込んでしまっている。

つまり、自分たちで力づくで併合してきた民族とのつきあい方というのが極めて下手な日本人の負の側面を出しまくっているわけだ。

(だから旧大日本帝国の台湾や朝鮮等アジア支配でも失敗したし、未だにエスニックな問題を抱えてあちこちで毎年のように自爆し続けている。)

 

日本人にとって他民族の支配というのは、馴染みの薄い感覚かもしれない。

日本の場合、多少貧富の差があっても国土の中であからさまに発展の度合いが違うとはいえない。

 

沖縄でも大体水洗便所で、水道からは飲もうと思ったら飲める水がとりあえず出てくる、食うものも大きい括りで言えば似たようなものだ。

つまり、支配者側として支配しているという感覚があまり意識されない一方で、実際はここ100年そこらであちこちで支配者側になってしまったことを自覚できないでいるってことだ。

 

故に内心見下している人ですら視線がフラットであると吹聴してしまう有様で、まずいことを繰り返し続けてしまう結果を招いている。

筋金入りのレイシストは「差別もクソもあるか、お前は俺達と同じ人間じゃねぇんだ」と海外では喚く。

 

日本のレイシストの場合は、外形的に彼らと似たような言動を繰り返していても、「これは差別ではない」と言う。

自覚の問題でもあるし、民族間の外見上の相違がぱっと見気づきにくいからでもあるし、それらの理由を複合して、90年代にそういう差別がサブカルなエスニックジョークになっていた時代の空気を引きずっているからなんだろう。

 

 

民族自決の基本は祭祀・宗教の尊重から

 

90年代から引きずってきた一等国幻想や、差別や保守思想が「サブ」なカルチャーとしてエッジなジョークの一環になっていた不気味な空気。

同年代に反差別を標榜する言葉狩りが起きて、その反動としてそういったサブカルブームが醸成されたため過激化した言動が以降ネットを通じて先鋭化を繰り返してきた。

(昔はサブカル青年だった人達がおっさんになってもそのまんまの現在、もはやマジョリティーになっているのに未だにサブを自称してマイノリティーのように思い込んでいる。)

 

無自覚に過激さを追求して超えてはいけない一線を越えていくあたり、女子高生コンクリート殺人や、川崎首切り殺人のエスカレートの構図を彷彿とさせる。

 

同時代を経験してきた人と海外旅行をしてしまうと、稀に宗教関係でかなり嫌な思いをすることになる。

なかなか外国人には見せてくれないイニシエーションを、付き合いで開陳してくれる時にそういう連中を同道させてしまった時だ。

 

もう二度とやらないと決めているので今後は起こりえないと思うけど、生け贄をお供えするイニシエーションとか、特異な死体埋葬方法に、本気で眉をしかめて「こいつら野蛮だな、頭おかしいんじゃねぇのか」ってガチで言う奴が居る。

(ナショジオの取材スタッフが金払ってやっと撮影できるような貴重な光景を実地で見れるなんてめちゃくちゃ貴重な経験だと思うんだけどねぇ。)

 

それが聞こえよがしに口をつく奴を咎めてこなかった日本の空気こそ頭おかしいと言わざるをえないだろう。

 

それがどういう異様な方法で我々にとって奇妙に見えた所で、宗教と祭祀に土足で上がり込んではいけない。

文明の土足で上がり込まれて、父母や祖父母の墓を暴かれて我々は平気で居られるだろうか?

相手の立場になって考えたら1秒で納得できる当然の結論が、相手に適用できない人は多い。

 

そしてそういうものがあるかもしれない問題はよくよく考えて手を付けないとろくな事にならないと想像できない日本人は輪をかけて多すぎるし、近年増加の一途をたどっているんじゃなかろうか。

靖国神社にはあれだけキチガイじみた執着を示す癖に、他人にとっての心の神殿は一切認められない奴が多すぎる。

 

いくつであれ子に親の悪口を聞かせてはいけないし、親に子の悪口を言わないという不文律はどこへ行ってしまったのか?

 

ともあれ、第一次訴訟はウタリ達の事実上の勝利で終わったけど、彼らにとって全面勝利にならなかった今回の和解は、小さくて深い禍根を残すだろう。

あくまで和解、判例としてこれを記録に残すことに日本の法制度は失敗した。

 

つまり、まだ幾千体の遺骨が「資料」になっている現在、第何次訴訟になるか見当もつかない回数の訴訟を彼らは繰り返さなければならない。

政治的な独立はともかくとして、宗教と祭祀が違うのであればそれは自決を尊重する以外にない。

 

わずか100年、150年前現実に北の大地に生きていた、政治の波に揉まれることで歴史に残した爪痕を消された人々。

その遺骨は「資料」なんだろうか?

城野口ユリは生きているし、そのご母堂もつい最近まで生きていた。

 

100年前生まれた祖父母や150年前に生まれた曾祖父母の尊厳を、私たちはしっかり守ることが出来ているのに、同じ日本人のはずが裁判を経由しないと守れない人が現実に目の前に居る。

 

僅かな期間で文明化されたシサム達は、草鞋と着物を脱ぎ捨てて、つい最近まで持っていた家名と常識も脱ぎ捨てた。

植民地の悪辣を糾弾するコルテスなんて、常識があれば冗談にもなってないってすぐ理解できると思うんだが。

 

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コメント

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  • コメント (3)

    • 法爾無名
    • 2016年 3月 26日

    よくわかるお話ですね。
    差別というのは常に無意識の中に潜在しており、
    ある時偶発的な機会においてはじめて表面化していくものでしょうから。
    差別がない世界というのはただ単に自覚化されていないだけの話で、
    今現に我々が抱いているという現在の加害者意識に立たないと、
    他人事、他人の責任、他人のせいで終わると思います。
    問題というのは過去や未来に存在しているのではなく、
    今現在において起きているものですね。
    水面下にあって意識化されていない事例が、
    一番厄介なものだと思います。

    ゴールデンカムイと乙嫁語りですか。
    自分は世代的にナコルルですねw

    • 凡太郎
    • 2016年 3月 27日

    これは最早教科書に載せるべき話題では?

    • gundari
    • 2016年 3月 27日

    @法爾無名 さん

    本土だと、マンガやゲームの正義サイドのかっこいいキャラとしてアイヌが登場して、ミステリアスで不思議な魅力を持つイメージがあるのに、なんで現地では差別に発展するのかが理解できない部分もかなりありますね。

    無意識の潜在は言い得て妙で、恐らく身近に異邦人が居ない環境で、アイヌが朝鮮人や被差別部落と同じ業を背負わされたということなんでしょう。
    金子やすゆきとか小野寺まさるを見てる限りではそうとしか思えないと判断しましたし。

    @凡太郎 さん

    教科書に載せるよりも、頭を下げて沈黙して、不思議の民が森に帰る邪魔をしないのが一番敬意を払った対処なのではないかと思うのです。

    それにしても、ゴールデンカムイのおかげでアイヌの知名度は跳ね上がったと思うのですが、協会の皆さんもアイヌのアイテムを通販すればかなり売れて、経済的に潤うのではないかと邪推してます。
    アイヌのジャケットとか、ハンティング用の小刀とかあったら欲しいと思うんですが・・・
    売ってないですね、やっぱし。

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