一審判決まで二年余、早かった判決

 

 

2014年に訴訟提起した大川小学校の津波過失死事件。

意外なことに2016年の今年にスピード判決と言うんだけど、まぁ常識で考えたらあれがどれだけマヌケな事件だったかということで、責任取らされて当たり前ってことなんだろう。

 

この事件は、要するに津波が来るってことを再三再四消防団の人や役場の人が警告しに来ていたのに、津波が来なかったらどうするんだという話を前提に、下手な行動をして児童に何かあったらどうすると喚く教師たちと、とっとと逃げようと言うその他大多数が争っている間に津波が到来して、子供を逃がすために待機していたバスの運転手さんを巻き添えにして74人も児童が死亡、というものだ。

 

この事件はものすごく様々な教訓を残した裁判だったと思う。

一つは組織人事と危機管理、もう一つが社会的風土の幼稚さを際立たせた。

 

責任を裁判で求めるのがおかしいと喚いていたやつは相当数居たけど、裁判以外で責任を求めろってことは直接危害を加えてこいってことなんだろうか。

(教師も死んでるんだけど一体誰に行けばいいというのか。)

この社会的風土の幼稚さはものすごく異様な印象を残した。

 

東日本大震災で、学校管理下の児童74人が死亡・行方不明となった宮城県石巻市立大川小学校の23人の児童の遺族19家族が、市と県を相手に総額23億円の損害賠償を求めた訴訟の判決が10月26日に行われ、仙台地裁(高宮健二裁判長)は、学校側の過失を一部認め、14億2600万円あまりの損害賠償を命じた。

 この判決は、学校管理下における惨事としては我が国では例を見ない犠牲者を出した大川小を巡り、東日本大震災における施設管理下での津波被災事故の裁判というだけでなく、学校に預けられた子どもたちの命を教員がどう守るのかという学校防災の基本を問う判断が示されるという点で、教育現場に与える影響は大きいと注目が集まっていた。

 遺族は裁判で、児童が津波の犠牲になったのは、学校が事前の安全対策を怠った上、大津波警報発表下でも、徒歩1分でたどり着く裏山があるにもかかわらず、児童を校庭に長時間待機させ、速やかに安全な高台に避難しなかったためだと訴えてきた。また、事故後に救命要請を行わなかった学校や、説明を尽くそうとしてこなかった市教委の対応のあり方についても、問題があったとしていた。

 

via: 大川小学校、ついに判決で明らかになった「法的責任」|大津波の惨事「大川小学校」~揺らぐ“真実”~|ダイヤモンド・オンライン

 

 

損害賠償と裁判反則論、金と責任回避論で遺族を詰っていた馬鹿さ加減

 

社会的風土の異常さをまずクローズアップすると、こうした責任を問うための損害賠償、例えば自転車で子供が老人を轢き殺してしまい、母親が損害賠償をうけた事例など、必ずと言っていいほど金目当てという見苦しい非難の声が上がり、そもそも裁判にするのがおかしいといい始めるやつが大量に出てくる。

 

しかしね、これ、裁判とか以外の方法でどうやって責任を取ってもらったりするんだろうか。

カネ目当てとか、金を目当てにしちゃいけないんだったら誰かを仇討ちで討ち取ってこいとかそういう話なんだろうか。

心底の謝罪と誠意を見せつけるために被告に切腹を求めたら良いの?

 

いつも思うんだけど、裁判が駄目だと言うなら他のどんな方法があるのかぜひ教えて欲しいし、大体の場合判決が出るまで謝ろうともせずに答弁書で都合のいい屁理屈をこねて、責任から逃げ続けるやつの屁理屈を直接聞かされながら裁判以外で話し合うどんな筋合いが原告や同じような立場になってしまった人たちにあるのか全く理解できない。

 

これはこの事件が日本のガバナンスに鳴らした警鐘で有るという論に直結しているんだけど、社会の馬鹿にならん割合に「絶対私に責任無い病」が蔓延していることを示している。

つまり、責任がある仕事についちゃいけない人が相当数なぜかそういう仕事についてしまっていることを示唆している。

 

このTogetterでもコメント欄でその病気に罹患している人が相当居るみたいだけど、一言で言えば責任を取らないために普通の人間だったらまず絶対しない判断を必ずするやつがそこらじゅうに居るってことだ。

津波が来るって回り中で喚いてるのにわざわざ標高の低い方向へ歩き出すトロクサいアホ(しかも囚人症候群的に教師から逃げられない人たちを巻き添えにして)、目の前でどう見ても具合が悪そうな人がいるのに全然無視できるキチガイ。

 

この絶対責任無い病の恐ろしいことは致死率の低さより回りへの感染力だ。

極まった状況で責任を取らないために屁理屈を捏ね続けることで、付和雷同的な空気を醸成し必ず大勢を巻き添えにする。

 

日本企業でリストラが蔓延した頃いつも思っていたけど、自分の給料を維持するために誰かの首を切ってコスト削減しようとしたあの空気。

まさにこの病気の最悪の症例をクローズアップしていた。

二割コスト削減したかったら全員の給料を2割下げりゃいいだけでしょ?

 

二割人間削減したら悪い状況が更に二割下がってもっとどうしょうもない状況になって負の連鎖になるに決まってるよね。

ところがそういう判断が出来なくなっていく。

 

社会にそろそろ誰かが声を上げるべきなんじゃないか。

責任、あるんですわ。人から金を貰ったり、ボランティアにしたって他人を誘導するような場合当たり前だよね。

責任があるのが嫌だったらフリーターとか自分で百姓をして自給自足するとかいくらでも生き方があるよね。

 

どうして社会を巻き添えにしかねない場所で働くんですか?

何もしなけりゃ良いんじゃないかな。

 

40分の口論

2011年の東日本大震災の後で発生した津波で、石巻市大川小学校の生徒と教員ら84人が不明になり、児童の保護者らが起こした裁判の判決がありました。

2016年10月26日仙台地裁は保護者らの訴えを認めて市と県に対し、約14億円の損害賠償を命じました。

なぜ津波という自然災害が裁判で争われ、一審判決が出るまでに5年も掛かったのでしょうか。

当初は自然災害が原因と思われていたが、詳細が明らかになるにつれて、教師らが闘争を繰り広げて、津波からの避難を禁止したのが分かってきました。

via: あの日大川小学校で何が起きていたか 津波が迫る中で教師達は権力闘争

 

 

大川小学校のケースを通じて学ぶべき危機管理と人事の基本

 

つまり、この事件でクローズアップされた危機管理の問題とは、「なぜ正常な判断ができないやつに管理職をやらせるのか」につきる。

普通に考えたら、部下がどんだけ屁理屈こねてもほんの1時間、裏山に避難して様子見るくらいするのであって。

それが考えつかないやつが管理職になっているってことが人事の失敗と危機管理の軽視を象徴している。

 

つまり危機なんか起きないってことを無意識に結論づけている。

公務員ならそれもありかもしれないという理屈は確かにあるけど、ことそれが学校になったらどうだろうか。

 

毎年起きているいじめ自殺、非行少年の処遇、家が悲惨な状況で誰かの助けが必要な子どもたち、宅間守みたいなやつの襲撃、災害や火事からの退避。

思ってるほど甘いものじゃないってことは毎日のようにニュースで報道されているし、表面化してないケースなんかそれこそ山のようにあるはずだ。

 

そして企業のリストラで比喩した事でも明らかなように、おかしなことにこうした人事と危機管理の失敗は殆どの組織で顕著なものになっている。

 

こうした現実は、管理職になる人間に対してはストレステストが必要ではないかということを示唆している。

小田原評定と俗に言われる、津波前の40分間の口論のような全く無意味な時間の空費。

これは状況が危機的になればなるほど勃発するのが通り相場だからだ。

 

普段どれだけ合理的な理屈を唱えているやつでも危機に陥った時に合理的だとは限らないし、なおのことその度合は加齢とともに進行していく。

今までの経験則で言うと、大体は女子供がその原因のように言われている錯覚があるものの、現実的には年齢で顕著にその傾向が出てくるのが実感だ。

管理職が年を取れば取るほどそういう社会的傾向は強まるし、今の日本の平均年齢はもう既に約45歳。

 

つまり加齢によるヒステリーが顕著になったやつが社会の大多数になり始めてるってことだ。

あれほどスピーディーで果断だった日本の企業社会が活力を失っているのも偏に加齢によるものとしか言い様がないだろう。

 

少なくとも更年期障害に片足突っ込んでヒステリーを起こしやすくなったやつばかりなら少しでもストレスに強い決断力を期待できる素質を見つける方法を人事と危機管理の基本に据えるべきだ。

今のところ年功序列型、成果型の人事的手法しか見当たらない。

どちらも危機の時にマイナスにしか働かない論理のような気がする。

 

遺族が金目当てかどうかとか、不謹慎だとわめき続けている「責任無い病」患者の人々。

事件から教訓を得た結果の謹慎がお前の今の言い分か?

 

わかりもしない事を透視する前に、生きた教訓を得ることこそ謹慎というのではないのかね。

 

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ガバナンスや人間の見分け方を網羅した著作は現代でも刊行されず。
結局のところ、科学技術と文明社会の発展で錯覚が蔓延した結果
ある意味、儒家思想的な考え方の組織論が蔓延しているってことなんだろう。

 

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コメント

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  • コメント (4)

    • 歓喜天
    • 2016年 10月 30日

    昔いましたよね、自分のミスを隠すために中学校に修学旅行中止を強要する脅迫電話かけた旅行代理店の社員とか。
    一時就職で「ストレス耐性」って流行したんですがアレ意味なかったなと思います、単なる嫌がらせなだけで。でも解決策はなさそうだな、「口が達者なだけのヤツを見つけ出す方法」なんてないから・・・。
    僕は「口が上手い奴は信用するな」と考えていますが、世間ではどうなんでしょうか?

    • 迦陵頻伽
    • 2016年 10月 30日

    昔といえば中国で幼女が轢き逃げにあってるのに誰も助けようとしない動画を皆で笑ってた頃があったなぁ
    その時は民度だなんだって中国を馬鹿にする声が多かったけど

    • gundari
    • 2016年 10月 31日

    @歓喜天 さん

    脅迫電話かけたやつはニュアンスがちょっと違うと思うんですよ。
    その状況で第三者として立ち上がって、「犯人より、追い込んだ○○が悪い」と事後収拾に右往左往する皆を横目にわめきだして、自分と敵対する相手を引きずり降ろそうとする類のやつがそれに当たると思います。

    ちなみに、役に立たないというストレス耐性って、単に不快な態度で人に接してどこまで我慢するか見るだけの奴じゃないんですか?

    そういうのじゃなくて、夜中に寝ている建物に火がついた時とかのストレス耐性なので、既存のそういう試験的なものは何の役にも立たないと思います。

    地震を起こす機械を食堂に仕込んどいて、飯時に突然揺らして正しい行動をしたやつだけを災害時の首班に指名するとかそんな感じがベストなんじゃないでしょうか。

    @迦陵頻伽 さん

    民度というより正常性バイアスと、小田原評定にリスクが伴わない構成の組織の宿痾なのかもしれませんね。

    • 東北田舎某所
    • 2016年 10月 31日

    釜石では子供等が率先して非難し多くの人命保護に寄与したし、
    大川小の事例でも、裏山に逃げるべしという正しい判断をしていた児童もいたわけです。
    それなのに、子供にとって絶対権力たる学校の先生が判断を誤り、
    しかも津波襲来情報が相当程度緊迫感を伴って周知されていたにもかかわらず、
    避難するに適当とは到底思えない非常識な場所に子供らを「道連れ」にした、
    その事実だけでも重過失に相当し、相応の賠償責任を負うのは当然と考えます。
    死んだ人は一様に気の毒ですが、いやしくも人様の子供を預かって飯を
    喰っている商売には相応の重責があり、それ相応のお給金を貰っているのですから。

    この一件でニュースのコメント欄に書き込みをしている連中の
    遺族叩きの異常なまでのベクトルに、正直気持ち悪さを覚えました。
    電気流すと一斉に同じ方向く方位磁針のように、ひとの考えが
    収束するなんて可笑しな話です。
    このような人達と一緒に行動すると、あたら助かる命も散らす事になるだろうなと。
    しかし工作員を動員しての書き込みが全てでも無いとしたら…、
    常識の欠如した世情を端的に示すものでもあり、悲劇はこれからも
    繰り返されるという、暗喩でもありましょうか。

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