謎の因習はあるの?
謎の因習があるんじゃないかという恐れもよく聞く。
東京でもあるやんそれ。
笑い話だけど、東京でマッチングアプリで女を漁っていた頃に、たまに夜中にゴキブリが出たと言って発狂(?)して電話してくる女がいた。
『え?ゴキブリ??殺虫剤でもまけよ。おやすみ』
「だってだって、猫がいるからぁ!!」
『猫は捨てろ、じゃぁな』
俺知らなかったけど東京では女が男の気を引くためにやるあるある大辞典らしいね。
俺は知らなかったから「キチガイかこの女は」と無視を決め込んでいたけどもったいないことをしたらしい。
そこで駆けつけてやっちゃえばよかったとかそういうヤツなんだって。
(そうだよな。とりあえず食っちゃってから後のことを考えりゃよかったって点ではもったいないことした。脳内でやれたかも委員会が連夜開催されている。)
で、あるかといえばこれは結構微妙。
無いといえば、無いのだ。
なその因習とかローカルルールとか、あるけど無いのだ。
あると主張してるやつに、「今度から気をつけるから全部書け、見せてみぃ」とペンと紙を出したら書けない。
『そういうもんじゃないんだ』というから、「お前が思いついたことに従えってか、なめとるのかお前は」と言ったらうつむいている。
書けないってことはないのだろう。
他人に示すことができないものに従えとかおかしい話だからな。
これは多分港区ガールらしくしなさいって女にじゃぁそれがなんなのか具体的に書けと言ってもやっぱり書けないだろう。
つまりその程度のもんなのだ。
しかしこれについて気をつけておいたほうがいいのは、厄介事は必ず瀬踏みしながら登場するという事実を理解しろということだ。
例えばそれが東京だろうが福岡だろうが、過疎地の限界集落だろうが、一般的に通らない話をねじ込む時に無理を言いたいやつは必ず瀬踏みする。
最初は小さな頼みごとや小さな押しつけをして様子を見てから大きな無理につなげていく。
ヤクザがみかじめ料を請求するのにいきなり金を払えとは言わない。
カタギのような感じで来客し開店祝いで盛大に金を落として、頭を下げさせてから要求してきたり、親戚の花屋の花を使ってくれとか頼みを聞いてもらってから徐々に近づいてくるのが通り相場なのだ。
いじめだって最初は無視とか当たり障りの無いことから初めて徐々に追い込んでいくのと違うか。
つまりこういう話はピラミッドのグルーピングが気になって仕方ないやつが向こうから勝手に登場してやってきている瀬踏みの一種なのだという前提で捉えたほうがいい。
ここでNOという能力とどの段階で跳ね返すかというジャッジする責任力が重要になってくる。
これがあるのか無いのかがテーマなんだがない人が移住するからトラブっちゃうわけだ。
世間というのは案外良くできている。
若い頃賃貸に住んで、子供ができて責任ある立場になる頃に家を買うという流れは案外理にかなってるわけだ。
仲いい若いやつが「田舎の因習やばいっすねw」とか言ってて、去年一緒に相場張って儲けた金で年末に家を買った。
場所は札幌である。
そこで「キチガイは持ち家になったら途端に現れるってマジでしたね、田舎もクソも無いっすわw」と今は言っている。
薪ストーブの煙が臭いとか喚くキチガイが近隣にいるらしい。
薪ストーブ使うのやめたら今度は違うことでもっと文句言うのではないか。
ともあれ移住のトラブルなんてのはその程度のことであると同時に、格差によって生じるズレは計画の立て方に気をつけたほうがいいことを示唆している。
裁判をするカネがないやつの嫌がらせは、訴状の代わりにタイヤがパンクした自転車とかそういう程度の低いものに変身するのではないか、ってことだ。
そういうダイレクトな事を俺にするやつは少数派だろう。
おとなしそうな見た目の人には結局そうなるのではないか。(ここは想像でしかない。)
隣人とライフラインをシェアするな
都会でも特に東京とかあるあるみたいだけど、私道の通行で揉めてる話を聞いたことがないだろうか。
Case1:勝手に植えられた植栽で、道路が分断
東京都葛飾区のとある駅から徒歩6分の場所に、自宅用の土地を購入した「とことこ」さん。土地は公道と公道を結ぶ、幅員3.7メートルの私道に面していた。私道は「2項道路」だったため、幅員が4メートル以上になるよう、30センチメートルのセットバックを行ったうえで、新築した。
土地を仲介した不動産会社によると、この私道は1960年に購入した人が登記したままの状態になっていた。調べたところ、この人物は現在の所有者ではなかったが、最新の所有者が誰なのかについてはよく分からないということだった。売買時には、私道の共有持ち分の取引なども行われなかった。
元記事→数百万円の損害も、本当にあった「私道トラブル」5選
移住トラブルで詰む人はこうした隣人トラブルについて持ち家、財産持ちの経験がないゆえに甘すぎて詰むのである。
都市計画と統治が行き届いているエリアでライフラインを一切民間に解放しない理由は、トラブルの主体者がライフラインを握ったらそれを簡単に嫌がらせの道具にすることがわかりきっているからである。
住民保護の蓋然性が高い地域(つまり都会)で入会権とか赤線道路が消滅しているのはその為だ。
不動産の開発をやったことがある人は全員必ず、足元を見たやつが判子を押さず、こちらが資金的に追い詰められて金を持参して土下座するのを待つやつとその悪意を知り尽くしている。
知りもしない隣人にライフラインや財産権の中核をシェアしてはいけない。
具体的には道路の通行権、水道、電気電柱などの権利を依存してはいけない。
例えば過疎地では公営水道が行き届いておらず、地域の水道組合的な、法人格を持たない任意団体が給水をしていたりする。
そこで家を買って引っ越す人は必ず井戸付きの家か公営水道がライフラインの家を選んだほうがいい。
最後にそういう奴らにNOとかFuckYouを言うためには、そいつらにライフラインの元栓を渡さない体制を整えておくのが一番だからだ。
物件を探す時に確認すべきところはそういうところも含まれているというのをしっかり頭にいれよう。
(井戸があったら数万円で水道は自前化できる。農業で水源に困る可能性もなくなる)
流石にそこまでしないだろうという考えは、それが都会だろうが田舎だろうが赤の他人には全く通じない。
あなたが痛くても他人は痛くない。
だから危ないのによそ見やスマホ見ながら運転して、誰かの大切な家族を轢き殺して事故の加害者になるのだから。
痛みを共有していたらそんなことするはずないよなってことで世の中は充ちている、痛みすら共有できないやつとライフラインをシェアするのは正気の沙汰ではないのだ。
繰り返す、あなたの大切な家族の命よりパズドラのログインボーナスのほうが重要な人だらけだってことを忘れてはいけない。
同じような無神経さはどこであろうが他人に対してはいかんなく発揮される。
家族が死んだ人のSNSに押し寄せる罵詈雑言やトチ狂った陰謀論なんか典型的な証拠じゃないか?
あなたの水道の元栓とか車庫の出入り口を、子供が行方不明になって錯乱しているお母さんのTwitterに「お前が殺したのだろう」と送りつけるようなやつに渡してはいけないのではないか。
そういう意味で人間を信じない或いは信じる相手を自分で選ぶのもまた成熟した社会人スキルなのだ。
あなたと他人の違い、都会と田舎の違い
あなたと他人の違い 都会と田舎の違い。
もっと言えば今まであなたが触れ合ってこなかった人間とあなたの違いはなにか?
つまりまともな人間は他人を疑うということをしない。
例えば違法行為であるとか、損害賠償の対象になるたぐいの不法行為をしないとか、普通に話したらなんでもかたがつくという常識を背景に、知りもしない人に猜疑心を持ったり怖がったりしないのである。
合理的な考え方くらいは共通してるはずだというコンセンサスがあるからだし、それこそが普通の教育や教養を持つ人間の基本的なボトムである。
別に信用してなくても疑ってないでしょ?
家に初めて遊びに来た人が泥棒するかもしれないって普通思わない。
盗まれるかもしれないから人を家に呼ばないという発想が無いってことだ。
究極的にはこの違いを認識しなければいけないというのはこれである。
一方で低所得層、死にかけの老人、女稼業、風俗産業従事者、主婦というのは常に他人を疑って怯えながら生きている。
貯金がばれたら税務署が来る(来るわきゃねーだろ)、あの人は体目当てではないか、騙そうとしている、遺産狙いではないか、相手を立てたら股をくぐれと言われかねない、暴力を振るわれたらどうしようといったような猜疑心だ。
今までそんなことを他人に向けて考えたことがない人はこういう連中の発想が理解できない。
マンションでのマウントの取り合いも含めてこういう原始的な考え方から脱却できない人間というのは案外多いのにだ。
現実的には世の中の6割位がこういう土人みたいな脳みそのグループに属していて、大体は低所得者、高齢者、言いたくないが女性に属している。
所得によって棲み分けがくっきりしている地域にいたら想像がつかないのもそうだよなあ、ってやつ。
他人に対して猜疑心を持たない人間がこういう者と接して受け答えしている(ここが瀬踏み)と言葉尻を捉えられて(無理難題をふっかけるタイミング)地位を決めるための何かしらの儀式を押し付けられるわけだ。
移住だけに限らず家を買うとか会社を興すという人は人間とはそうしたものであるということを認識しておいたほうがいいだろう。
(そしてこれも”成熟した社会人スキル”の一部なのだ。)
わけがわからないが他人が怖くて仕方ない連中というのは実際いて、自分のほうが上であるから安心だとなるまで猜疑心を持って他人を眺め続ける。
ではどういうやつがそういうやつなのか?
田舎だと見分けるのは実に簡単だ。
すれ違いざまに会釈して会釈を返さないやつは例外なくそういうやつだ。
田舎でトラブルが嫌な人は積極的に笑顔で会釈して返さなかったやつの話に耳を貸さないようにしよう。
これが一番簡単な防衛方法なのだ。
都会だとちょっと複雑だし防衛方法は思いつかない。なにしろ本格的には居住してないから知見がそんなに無いしね。
おまけ 農業が難しいってホント?
最後に、おまけでこのテーマについて触れておきたい。
結論から言えば、ウソである。
農業が本当に難しかったらなんで人類の人口は増える一方なのか?
答えは世界の人口動態をみたら一秒で理解できるはずだ。
考えてみてほしい。
クラスで農業高校行ったやつが成績トップクラスだったんだろうか、実際は落ちこぼれだったはずだ。
彼らが生業にして飯食っていけてるというのがわかりやすい答えなのだ。
他にすることがない連中が自尊心のために難しいと言っている点が一つ、あとは同じ状況のその土地で100点に近づくのはあまり簡単ではないという現実が一つである。
この現実の点を農協の職員や頭が悪い百姓はあまり理解できてない。
別に100点を目指してないやつにそんな事は関係ないって事実を。
生業として選ぶなら金になって生活できたらどうでもいいのではないか、そんな事は。
株で飯食ってる人に、その年で最も値上がりした銘柄を買ってない自分が失格だと思うのかどうか聞いてほしい。
彼らは100点を目指してない、損してなかったらどうでもいいからだ。
会社経営者にTOYOTAやイオンに負けてあなたは悔しくないのか聞いてみてほしい、多分考えたこともないだろう。
要するにそういうことだ。
現場職の人は数字やお金でそういう事を捉えられない。
自分の職人芸くらいしか違いを打ち出すことができないからだろう。
難しい難しいというけど、3人で一日1t収穫するのを目標で収穫のアルバイトさんを雇用するとなった時に、物理的に1t収穫できない園地の重要性は当たり前だけど低くなる。
こういう事を経験者じゃないとわからないと喚くやつは日本人には案外多い。
要するに根性が百姓なのだろう。
だって冷静になって考えてみてほしい。
ソフトウェアとかデザインとか、具体的な作業目安が極めて曖昧なものでも納期の目安は守ってくるじゃない。
だから人月で納期とか受注額を書面化できるのであって、それすら難しいのだったらそれは産業として成り立ない。
以上、農業はその程度のものである。
JRや勤務先の休みの日を思い出してほしい、雨が降ったら休み、風が吹いたから休みますというような甘いところは一つとしてなかったはずだ。
雨風で休みますという雲助稼業が難しいはずがない。
具体的な目安が一つもない脳内の作業でも人月で換算できるのに、人間が体動かしてできることを換算できないのはバカの証拠なのであって、まともに取り合う意味などない。
所詮その程度のことだし、その程度のことだからこそ無理して設備投資や借金をしてやってはいけない。
早晩、農業は再び補助金漬けになるだろう。やってるだけで出ている補助金を総なめにできる時代はかならずやってくる。
その時になって大きなリアクションを起こせばいいのであって、他人の腹を満たし飢えから救うという社会的なミッションある限り農業自体で大儲けするのは無理だ。
他人に米を売って同じ重さの金銀と等価で金を徴収できない限り大儲けできるチャンスなどありはしないし、死んでから地獄に行きたくなかったらその時に相場の半値で安売りできる人間でいるべきだからだ。
それを維持するためには無理してお荷物を抱え込んではいけない。
以上。
沸いてくるクソコメ、踊るクソリプ。年単位でつきまとうネットストーカー。
日本有数のネトウヨ・キチガイ・ネットトロルウォッチャーです。
主に経済・哲学・ライフハックを扱います。
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