奥大介さん 宮古島で交通事故死 思うに任せないヒーローたちのセカンドライフ、年金制度整えるべき


Jリーグの磐田などで活躍した元サッカー日本代表選手・奥大介さん(38)が17日午前4時半ごろ、沖縄県宮古島市の県道で軽乗用車を運転中に電柱に激突し、死亡した。同乗者はおらず、事件性はないとみられる。

 奥さんの訃報にJリーグ関係者にも衝撃が走った。プロデビューした磐田で、ともに戦った名波浩監督(42)、服部年宏強化部長(41)はショックからかコメントは無し。代わりにクラブが「磐田の全盛期を支えていただきました。今はただご冥福をお祈りします」と、コメントを発表。19日のJ2熊本戦で選手が喪章をつけることを検討している。

via: Yahoo!ニュース – Jに衝撃「またレジェンドが…」…奥大介さん事故死 (スポーツ報知)

 

清原とかになるともうどうしょうもないだろうと思ってしまうんだけど、これといって何をするわけでもなくただ転落した奥大介の最後を見てるとなかなか寂しい物を感じるね。

ワールドカップでヒーローになった人が、軽四で交通事故死。

アルバイトをしながら点々と生活して、最後に人目につかない気楽なエルドラドを見つけた矢先にそこで客死。

 

やっぱり、ヒーローにうら寂しい姿やわけの分からない一般人の仕事なんて向いてないと思うんだよ。

引退したらしたで旗本退屈男として気楽に生きていけるようにするのが本筋で、それがそのスポーツのブランドイメージにもなってくるんじゃないの?

 

だからこそ金銭的に困らないように、4,50万くらいの捨扶持は年金で出そうよと思うんだ。

もちろん、サイドビジネスが成功した選手や資産をたんまり持ってる人は、それが0になるまで受給資格はないとか制限をつけざるをえないだろうけどね。

 

そこら辺の補償がないからやらなきゃいい勝負に出て敗北し、すってんてんになり最後はひどい目にあう。

どうもそういうパターンが多すぎると思う。

 

奥大介みたいな実績を選手として出せなかったその他大勢の人でも、やっぱり子供の時からスポーツや格闘技一直線で生きてきちゃってるわけで、いい年こいたおっさんになっていきなり一般人と同じになれと言ったって無理だよね。

 

その辺を考えたヒーローのセカンドライフの設計をもっと手厚くするべきじゃないかなーと思う。

オリンピック選手、サッカー選手、野球選手。

 

みんながみんな如才なく生きていけるわけでなし、専門バカのセカンドライフ設計をオーナー側は真剣に考えて。

結局、それこそがそのスポーツやリーグのブランドイメージの維持につながるわけだから。

 

 

奥大介さん 宮古島で交通事故死 思うに任せないヒーローたちのセカンドライフ、年金制度整えるべき geinou jiken

 

よくわからないけど、レジェンドというくらいだから相当の選手だったんだろ?
そりゃそれ相応のお金で面倒を見てあげなきゃ。

 

 

奥大介さん 宮古島で交通事故死 思うに任せないヒーローたちのセカンドライフ、年金制度整えるべき geinou jiken

 

 

 

 

サッカー元日本代表MFの奥大介さん(38)が17日午前4時25分ごろ、沖縄県宮古島市で軽乗用車を運転中に交通事故を起こし、搬送先の病院で死亡が確認された。関係者によると8月ごろに宮古島へ移住し、リゾートホテルの調理場でアルバイトしていた。J1通算280試合出場の天才肌として人気を集めたが、昨年離婚した元夫人へのDV(家庭内暴力)騒動など、引退後は浮き沈みが激しかった。

 奥さんが38年の生涯を壮絶な事故死で終えた。沖縄県警によると、事故発生は17日午前4時25分ごろ。宮古島市上野宮国の県道で軽乗用車を運転中、対向車線にはみ出して電柱と衝突した。見通しの良い緩やかな左カーブ。電柱を折った先の雑木林で大破して止まった車の運転席で、意識不明のところを通行人に発見された。心肺停止状態で救急搬送されたが、骨盤を折るなど全身を強く打っており、蘇生しなかった。同乗者はおらず、街灯のない現場は夜明け前で真っ暗。ブレーキ痕はなかった。県警は死因や詳しい事故原因を調べている。

 一報は「ホテル従業員の事故死」だった。その後、身元が判明し、宮古島で働いていた近況も明らかになった。勤務先の高級リゾートホテルによると、8月下旬に調理補助のアルバイトとして採用され、皿洗いや容器準備などで調理師を支えていた。朝食を用意する仕事で午前5時から午後2時までの勤務。約7キロ離れた自宅から車で通勤しており、時刻から出勤途中だったとみられる。前日16日も出勤していたが、特に変わった様子はなかった。

 再起を図る最中の悲報だった。昨年6月、妻だった女優佐伯日菜子(37)へのDVで逮捕され、同7月に離婚。佐伯への6カ月間の接近禁止命令を受けた後は知人の家を転々とした。最後に身を寄せた兵庫県内の飲食店も「俺がいると取材が来て迷惑を掛ける」と去り、現役時代に毎年自主トレを行っていた宮古島を頼った。宮古サッカー協会の職員宅を訪れて子供を指導し、その際に「島の観光大使になりたいな」と笑って話すほど、愛着ある土地だった。

 約20年前から親交のある知人は、事故の約9時間前に本人と電話していた。「夜7時ごろ、笑いながら電話がかかってきたんです。明るい声で」。朝4時に起きて砂浜を走るなど、一時の荒れた日々を忘れるかのような生活を送り「飲食店を開く」夢のため修業していた。「今度、何か作ってやるよ」と料理の腕をふるう約束をし、11月に韓国旅行する計画もあった。明日19日の「エコアイランド宮古島マラソン」のハーフの部にもエントリー。「現役のころの筋力に戻ってきた」と生き生きし、現役、指導者を経た「第3の人生」への活力にあふれていた。

via: 奥大介さん激突死、挫折人生巻き返し矢先 – サッカーニュース : nikkansports.com

 

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