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京アニ放火事件で露呈したオタクの嘘 集団的犯罪者達の危険性

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書を燃やすものは人を燃やす→嘘でした!(new

 

 

書を燃やすものは人を燃やす 的なオタクの絶叫をネットで目撃した人は多いのではないだろうか?

秦の始皇帝の焚書坑儒がこの語源で、近代だとナチスドイツなども考証にあげられるこのフレーズはもっぱら表現規制に対してオタクとフェミニスト、共産党などの左派政党が表現に規制を加えようとする政権に対抗するためのレジスタンスワードとして用いられてきた。
(正常な判断力を失っているオタクはフェミニストや左派が規制していると喚いているが、表現の規制に対してマイノリティーである彼らが有効な力など持つはずがなく、もっぱら保守系の政治家が率先して規制を主張している。理路としてもその方が筋が通っていて当然の現象なのだが。)

表現規制と言うとどうも物々しく聞こえてしまうけど、現代において表現の規制は表現の保護と言い換えたほうが良いかもしれない。
何から何を保護をしているのか?それは反社会的な図画作品から読者や視聴者が受ける悪影響から保護しているのであって、これはやはり規制というよりかは保護というのが正しいのだろう。
有害作品からの消費者の保護。今後はそう言いかえるほうが無難な気がする。

まず現実を振り返るとどうだったのか。
フェミニストや左派、保守は人を燃やしたのか?ロリコンオタク作品に眉をひそめる普通の人たちが書や人を燃やしたのか?
答えはNOだってことは誰しもにわかっている。

現実では、書を萌やした連中が書と人を燃やした。

焚書坑儒的な表現の規制と、消費者の保護青少年の教育のレイヤーの違いが狂った連中にはわからないらしい。

そもそも書を燃やす、書を燃やすって物理的に火がついたり規制されたりしなかったら燃やしたことにならないのか?
創作活動による作品に随分機械的な認識をしているよね。(物理的にも書を燃やしたのは気に食わない声優のCDを叩き割ったり放火したオタクの方だが。)

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「有害な表現は規制しよう」となった時に規制されるべき有名作品は実際のところあまりないだろうけど、有害であることが誰が見たって明らかな作品は山ほどある。

消費者の保護を謳う人々は書や人なんか燃やしてない。

燃やしたのは勃起した股間、だらしない半開きの口でロリコン作品を読み散らすオタクたちであって、その証拠は「らきすた 同人」で検索した結果からしても明らかだ。
規制の呼び水はオタク自身だし、作品を燃やされたかのように作者たちが感じるに違いないおぞましい表現が検索結果に満ち溢れていた。

らきすたという作品は放火された京アニの作品だったんだろうか、どうもそうらしい。
あそこで作品を作っていた人たちは、自分たちの作品のヒロインたちがこんなおぞましい性奴隷になって欲しいと望んでいたのだろうか。気の毒すぎて心の底から吐き気がした。

 

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オタクは個人の嗜好 という逃げ文句は許してはいけない

 

オタクに対してこうした評論をする時に、例外なく見られる逃げ口上は人権、表現の自由の他に、個人の嗜好であるというものである。
つまり個人個人の好き嫌いが重複しているだけであることに規制など出来るのかと言いたいらしい。

こいつらは共産党とか左翼とか何でもかんでも集団でグルーピングしているけど、それが個人なのかどうなのか精査した上で言ってるのだろうか。
よく軍荼利のコメント欄でも左翼だの中国の代弁者だのと書き込んでるやつが居た。
彼らは他人に適用している基準を自分たちに適用するつもりはないのだろうか?

彼らの言う程度の基準を彼ら自身に当てはめたらオタクは集団であると言うことは十分に可能なはずだ。

そしてその上で、彼らを集団であると認定するのに十分な現象として、東京などで開催されているオタクイベントの集客が挙げられる。
例えば休日の創価会館とか、新興宗教の集い。
似たようにたくさんの人が集まってるけどあれは個人の嗜好や行動であって団体としての認定を適用するのは足りないのだとでも言うのだろうか。
エグザイルやジャニーズのコンサートに集まって大喜びしてる連中はファングループとは言い切れない、集団なんて勝手に決めつけるのは危険だってのか?

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創価学会顔負けの集客を誇るオタクイベント。危険極まりない集団の構成員は十万人単位の模様。

 

集団というものは利害関係が一致していたり、目的を一にしたイベントで集まったりしていることで集団認定の根拠として十分なのではないかと思う。
つまりSEALDsとか共産党の選挙イベントに集まってる人は、取材目的などその他の目的である場合を別にして彼らのシンパであって集団の一部なのだと認定して差し支えはないということだ。
だから最低限オタクイベント、コミケとかそういうものに集まってる連中はオタク集団とその一部と認定しないとおかしいということになってしまう。
(それにオタク自身が少しでも立ち位置がそちら寄りの言動に関してはお仲間認定を繰り返していたのであって、そうした思考経路からも彼らは自分たちは集団であると認識して行動していたはずであることは自明と言えるし、そうでない場合言い逃れと屁理屈がしつこい、頭が狂っているやつが集団化している危険性をより注視する必要性がクローズアップされるだけだ。)

こうしたオタク自身でさえ認めざるを得ないであろう当然のロジックを前提に彼らを俯瞰すると、彼らは青葉真司のような放火犯と同じようなグループでくくられる危険極まりない集団であるということが理解できるのではないかと思う。

創価学会で言うところの信濃町が秋葉原、創価本部と同等の存在が東京ビッグサイトとかそういう感じになるはずだ。
今まで彼らを個人単位で扱ってきたメディアや世間の対応。

そろそろ彼らは集団であるという認識に切り替えたほうが良い。

 

 

オタクという集団は恒常的に猟奇犯罪者を輩出している

 

上述までに論証した通り、オタクとは本人たちがそうだと名乗りを上げないだけで実際は集団なのであって、名乗りを避けているのは責任から逃げることを目的にしているのであろうし、その考え方そのものが関東連合やギャング・マフィアと同じなのであって、犯罪集団と酷似していると言える。

危険性の実体としては、犯罪組織としてのメンツの維持や金目的での犯罪しかやってない犯罪集団と違って、意味がわからないことを理由にして犯罪を犯すオタクの方が危険と言って良いかもしれない。
普通に考えて関東連合とか六本木の黒人マフィアが、京アニに作品を盗作されたとか言って放火したり銀行強盗をしたりするのだろうか?
まぁやらないだろうって事は馬鹿でもわかるはずだ。

政治的思想が違うという理由で在日朝鮮人のヤクザとか共産党の人が通行人にボウガンを乱射したりするか?まぁない話だ。

つまり他の犯罪性の集団や危険性が高そうなどの集団よりオタクという集団が危険であるということはこの10年くらいの犯罪史でもお腹いっぱいレベルで証明されている。
(どうせオタクは大昔の話を無差別に持ち出してきてうだうだ言い訳をするんだろう。平成から今までの間に、ヤクザ、ギャング、マフィア、共産党、オウム真理教が人を殺した人数とオタクが殺してきた人の数を比較してみろと言いたい。)

上述までの集団であるという論拠のくくりとして、オタクは集団であってその危険性と猟奇性は類例を見ないものであると締めくくるべきだと思う。
そしてそれがなぜなのかこそを掘り下げて考えなければいけない。

 

 

ロリコン作品に触発されて猟奇性を発揮する精神薄弱者達

 

オタクがここまで危険な集団に成り下がったのはなぜなのか?

大昔はブリキのおもちゃとかを集めていたオタク黎明時代と現在では、彼らが見ているコンテンツが大幅に変わっているからではないのだろうか。
つまり冒頭で検索結果を摘示したように、いまオタクが見ているコンテンツの多くがロリコンと性、暴力と犯罪に満ち溢れていることが大きな原因として関与していると思われるということだ。

例えば毎日毎日、来る日も来る日も小学生や中学生にしか思えない子どもたちに性犯罪や暴力を繰り返すアニメや漫画を見続けて、本当は将来のことを考えなきゃいけない年齢に差し掛かっているのに、来る日も来る日ももう戻ることのない、しかも実際は経験したこともないようなキラキラした学生時代を再体験するロリコンコンテンツを見ていたら人間の精神はどうなるのかと。

当然、心身ともに健全で充実した生活をしている普通の人は「馬鹿じゃないのか、下らない作品を書きやがって」としか思わないだろう。
ところが青葉真司やその予備軍のように、不遇な生活をして社会に不満を持っていたり、もともと精神が薄弱な人・異常性癖の持ち主であったりする場合は影響を受けておかしくなっても仕方ないのではないかと思う。

そしてオタクは幾度となくこうした指摘をされているにも関わらず、「アニメや漫画を真に受けて行動する人は居ない」と箸にも棒にもかからない主張を繰り返してきた。

世間的にもそれはまともな人の場合そうなのだろうという前提で反駁として受け止めてきたから踏み込みきれずに今に至るわけだけど、そろそろ嘘もいいかげんにしろと言ったほうが良い。

コンテンツや作品、芸術は人間の精神に影響を及ぼします。
もしそうでないのなら、なぜあいちトリエンナーレというイベントで、一部の展示作品はオタクと保守(ホモ)、ネトウヨにあそこまで怒りを感じさせたのだろうか?

作品の影響は精神に波及しないのであれば「あー、そういう事を思いつく人もいるんだなぁ」となにも思わなかったはずだ。
ところがオタク自身「ああしたメッセージを内包した作品が日本を貶める」と連呼し怒り狂っていた。
慰安婦少女像は有名なアニメ作品やガルパンとか気持ち悪いオタクが大好きな作品より影響力が優れてるとでも言うのだろうか。

作品ごときが人間の精神に影響しないって信じているなら、「胡散臭い慰安婦像で外人の意見が変わろうはずもないし、子どもたちも真実と向かい合うはずだ」と一顧だにしなかっただろう。
奴らは本当は作品は人間の精神に影響を及ぼすって熟知しているし、中毒症状を緩和するロリコン作品からの刺激を手放さないために日頃から嘘八百を放言してるんじゃないのか。
作品やコンテンツは人間に影響すると認めているから気に食わないものには発狂して集団で言いがかりをつけてお蔵入りにさせてきた。
そうではないというのなら庭先に慰安婦像を設置して毎日生活してみろと言いたい。

行ったこともない愛知県の施設で見てもない慰安婦像が展示されたというニュースですら怒り狂って正気を失うロリコンに、猟奇的なロリコン作品なんか見せたらネジが飛んで故障するに決まっている。

そうした影響力を持つものだという前提でアニメ漫画の作品を俯瞰した時にどうなのだろうか?
さすがに有名な会社や出版社からそこまで反社会的なものが出てくることは珍しいだろう。
でもそれが狂った個人が書いたものの販売会場である同人誌の販売会などではそうは行かないってことは誰だって想像できるはずだ。小さな会社が食わんがために頭がオカシイやつの需要を狙った小作品なんかも十分に怪しいと言える。

上述までの通りオタクは危険な猟奇犯罪性向を内包した集団であり、狂気の原因は良識や常識の柵を突破して野放図な描写を繰り返す腐った作品によってもたらされていることはすでに証明され尽くしていると言える。

それでもなおオタクを集団として社会が受け入れるつもりなのであれば、そろそろ部屋から出してもいい作品といけない作品をそれ以外の社会が事前に検査して彼らが狂う作品の流通を阻止するべきなのではないだろうか。
同人誌の販売会などを行う場合は、届け出をするのと同時に、販売するタイトルを集めて有識者会議などで売っても良いものと駄目なものを選別して、おかしくなるのを未然に防いであげてもいいんじゃないか。
当然インターネット上でフリーハンドで流通するコンテンツも管理しなければ狂気の芽を未然に摘むことは出来ないだろう。

作品だけでなく作家も登録制にして、インターネットに公表していい図画作品と、HDDからネットワークに開放してはいけない作品も区別を手伝ってあげるために公表前に第三者委員会などが事前閲覧して仕分けしてあげたらどうだろう。

表現の自由を声高に叫んだ結果流通しているエログロ作品の山。

らきすたというアニメの作者はヒロインが裸に剥かれて口淫にふけるのを喜んでいるのだろうか?
オタクという腐った集団の個々人の良識が、今問われている。
表現は自由だが野放図に狂って火をつけ人を殺す自由なんかどこの社会も認めてない。

書を燃やすものは人を燃やす オタクの脳内ヴォルテールやハイネの話はみんなお腹いっぱいである。
しまいには自分がファンだった作品の会社にまで火を放つオタクと違って、普通の人は庭の焚き火レベルで厳しい制限に向き合って生きている。

たまには「自分たち以外の大多数」のモラルを信じて託してみてはどうなのだろうか?

 

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