自分のやってることがおかしいと思えないキチガイが大量に可視化される事態に
シナモンは「子犬の男の子」という設定で、大きな耳で空を飛ぶことが特技というキャラクターだ。ツイッターの公式アカウントで毎日投稿をしているが、この投稿に対して、暴言のリプライ(返事)が飛び交っている。
たとえば、5月10日に「おはよう~♪」とシナモンが投稿したところ、「お前は起きなくていいんだよ。一生寝てろゴミ。」「かえれこのやろう」「こっちは今からねるんじゃボケ」などの暴言のリプライが投稿されていた。
5月12日には、あるユーザーが「そのまま落ちて頭打ってシネッ!」とリプライを送り、他のユーザーから批判されたが、「ひまだからただシナモンにリプ送っているだけ」と意に介していない様子だった。
サンリオの子供向けゆるキャラにキチガイが湧いているというけど、元々少しだけ社会にいたこの手の「自分の言動がおかしいかどうか考えられないキチガイ」が激増している。
嘘だと思ったらうちのいろんな記事のコメント欄を見てみれば良い。
キチガイ激増中。
昔そういうタイプのキチガイというのは、大概が独居老人か子供が出て行った孤立世帯の年寄り、あるいは亭主が忙しい家の主婦だった。
子供がまだ小さいけど更年期になり、マンネリの夫婦生活は旦那の無関心を招きキッチンでおばちゃんになり始めた主婦の狂気を先鋭化させる。
老人にしても似たような感じで、孫に会いたい子に会いたいという屈折が彼らを狂わせた。
そうした時代に少数のキチガイだけしか見られなかったのは世間があったからで、今と昔のそこが大きな差と言っても差し支えないだろう。
西成には西成なりの世間があるし、つまりは否応なしに従わなければならない世間は彼らの眼の前にあった。
少数のキチガイは社会への窓口を閉ざされた環境で、他人の否定的素振りを通さずに見たいものだけを見て生きているがゆえに狂っていった。
今のネットハラスメントを語る上で、ネットのレコメンデーションシステムの発達は見逃せない要素だ。
レコメンデーションがあらゆるところで発達した結果、「見たい」という潜在的な嗜好に合わせたコンテンツが表示されるようになって、しかもその精度は年々驚くべき高みまで向上していく。
見たいものだけ見ているつもりがない人でも意識せずにそれを使って深く考えなかった場合、結果的に見たいものしか見てないのと同じ結果を得る時代ってことだ。
(つまりまともな人間と同じ行動をしていると錯覚したまま結果的に相当頭が悪い連中と同じような行動をしてしまっている。)
世の中はキチガイの先鋭化した妄想に沿う形では存在しないし、意見は百出し人の嗜好は千にも万にもわかれるという馬鹿でも分かりそうな現実が、ことモニターの中では目にはいらない社会が実現した。
結果がこれ。
まとめサイトは検索結果から排除された。
しかしキチガイを排除する仕組みは成立していない。
生活からテレビと一緒に常識が消えていった白痴達多数
■テレビは「ほとんど必要ない」
・あまり家にいないし、インターネットがあるからテレビを見る機会がない。(28歳女性/医薬品・化粧品/事務系専門職)
・教育番組を子供と見るくらいなので。なくても困らないから。(26歳女性/金融・証券/事務系専門職)
・災害情報を除けばテレビが必須の情報がないため。(25歳男性/金属・鉄鋼・化学/技術職)
■テレビは「全く必要ない」
・今実際にテレビはないけれど、困ることがないから。ニュースはネットで見れば済むし、数社の記事を比べられるので詳細も分かって良い。(22歳女性/小売店/事務系専門職)
・面白くもないのに出演者だけが盛り上がっているような番組ばかりで見たくないから。(22歳女性/通信/秘書・アシスタント職)
・つまらない番組ばかりで電気代がもったいない。(22歳女性/通信/秘書・アシスタント職)
こうした現象を語る上でキーデバイスになるのはテレビかもしれない。
テレビ=馬鹿の情報受信機なのは事実だと思う一方で、馬鹿と世間を結びつけるマスデバイスといえばやっぱりテレビだと思うからだ。
というのも、テレビは見たい番組だけやってるとは限らないし大体同じタイミングでCMをやっているしで、「世の中お前の思うように行かないよ」というのを迂遠な形で人々の脳に刷り込んでいる側面もわずかながらあるからだ。
(いらない、見たくないを連呼されるコメンテーターも馬鹿をある程度まともに保つ上で見逃せない存在だったはずだ。)
そしてこうしてテレビを見なくなった人が本を読んだり、本屋や図書館で新しい知識にあたりをつけているのかといえば全くそんなことはなく、やっぱりアマゾンのレコメンデーションに誘導されて下らないアニメや漫画とかを見てるのが関の山なのは明らかだ。
つまり、無教養な人は昔からテレビを見ていたけど、知的ストレスに対する耐性が無いがために、テレビ以外の選択肢が出て見たいものだけ見てれば時間を潰せるようになった時代に、更にそこからも脱落する者が多数出ているってことだ。
教養と社会規範や常識の高さが多くの場合比例してるのは、一口に言えば知的ストレスに対する耐性があるかないかという部分に集約される。
知的ストレスというのは、「違いを受け入れる」機能の別名であって、仮に趣味に合わなかったとしても存在を容認する能力を示している。
仮にそれを認められないとなった場合、教養さえあれば無言で自分が立ち去るという常識を持つことができる。
それすらない連中が実は相当いたってことをこうした社会風潮が示している。
そして大体の場合においてそうした人々の所得は低い。
故に無趣味だ。
つまり金が無いからストレスが溜まったとしても発散する方法もないのだろう。
だから馬鹿は殺伐としたキチガイに転落していく。
そしてキチガイはこう言う。
「暇だったからシナモンにリプっただけ」
それが他人(自分以外のまともな人)にどう見えるかは全く考えずに。
「仕事で疲れてる」を勘違いしている即物的労働者達
こうした連中に掛ける言葉を失うまともな人は、彼らにそろそろ言い返す事を覚えたほうが良い。
世の中、加害者もいれば被害者もいるけど、少なくとも被害者には被害者の義務がある。
それは見知らぬ誰かに迷惑をバトンタッチしないってことだ。
こうしたハラスメントを繰り返す大量のキチガイは、「暇だったからリプってみた」とうそぶいてクソリプを送り付けてくる人間で、それがいかにクズな行為なのか当事者になってしまった場合勇気を持って通告する必要がある。
それをしないから「これってフツーなんでしょ」と薄い頭で勘違いさせる結果になる。
「暇だったから」と言い出したら『じゃぁTSUTAYAか映画館でも行けや乞食』と突き放すべきだろう。
何の筋合いで金をもらってるわけでもないのに他人の暇つぶしに消費される筋合いがあるのか意味がわからない。
そして多くのこういう連中は必ずと言っていいほど
「激務で疲れてるんだ」
とかほざき出す。
でも↑の写真を見て欲しい。
このアフリカの人達が「俺は水汲みで疲れてるんだ」とキチガイみたいに食って掛かってきたらどう思うだろうか?
俺なら『でもお前の家には水道がないんだろう』と返して踵を返すと思う。
働くということをなにか崇高なことと勘違いする人が増えているけど、働くという行為を思い上がってはいけない。
昔はこうして水汲みや狩り、農耕作業で成果物を得ていた作業が、形を変えて金で支払われるようになったせいでキチガイじみた勘違いをする奴が増えた。
即物的に考えたら仕事は何やら複雑なものに見えるけど、観念的に考えたら生きるための水汲みや狩り、畑仕事と一緒ってことだ。
なんでそいつが生きていくために勝手に働いていることに他人が配慮しなきゃいけないのか、意味がわからない。
他人に迷惑をかけないと働けないなら仕事をやめて欲しい他人のほうが多いっていう現実が見えてないのはキチガイの証拠だろう。
「俺は高額所得者様だ」=「おらの畑で芋が100kgもとれるずら」
「こっちは今日は激務で疲れてんだよ」=「ご主人様に水汲みに行かされてクタクタですだ」
せいぜいこの程度の話をさもストレスみたいに言ってる奴がいるけど、飯を食うための狩猟活動にストレスを感じるなら、勝手にやめればいいだけの話だ。
つまり、キチガイに甘い顔をして相手にしてもいけないし、「俺は仕事で疲れている」と抜かしても『知るかよそんなこと』と突き放すべきだってこと。
ネットクレーマーにならないための脳軟化症予防方法
こうした二一世紀特有の異常な環境は、ヘタしたらまともな人にも伝播する危険性があるのは含んでおかなければいけないリスクだろう。
こうした症状を予防するのに大切なことは、デジタルと無縁の情報源と、少しでいいから趣味を持つってことだろう。
タブレットの普及でどんどん情報源が電子化していく中で、両方を比べた結果やっぱり書籍は紙に限ると思う。
例えばマグナカルタにしたって、原典を実際に見ないと伝わってこない風格がある。
単純な機能的要素に絞っても、電子媒体で本を読むというのは、ちょっと成立しにくい。
電子媒体での読書は実質的に見書という方が正確な気がする。
そして無趣味になることで人間は人間関係に依存度を高めてどんどん狂気が加速していく気がする。
別に無趣味なのがいけないとは言わないけど、気が向いた時に旬の花をネットでちょこっと調べて、それを探しに行く散歩なんてのを持つだけで人格は豹変と言って良い変化を見せるだろう。
特に鬱病の増加なんかに密接に関係しているのではないかと疑っているけど、目の保養・気分転換・日光・楽しめる食事は正常な人格の維持に不可欠なものではないかと思う。
ソーシャルクレーマーという社会病と、鬱病というメンタル疾患は要因を同じにしてこのままでは増加の一途をたどるだけではないんだろうか。
どちらも何かをきっかけにして、まともな人でもいつ落ちるかわからない落とし穴なのかもしれない。
ほんの少し気を向けて、いい天気の春の一日、家の外で過ごすように気をつけてほしいと思う。
少しの生活の狂いが部屋の壁に反射して輻輳する。
大切なのは壁をぶっ壊して何処かへ飛ばしてしまうことだ。
沸いてくるクソコメ、踊るクソリプ。年単位でつきまとうネットストーカー。
日本有数のネトウヨ・キチガイ・ネットトロルウォッチャーです。
主に経済・哲学・ライフハックを扱います。
コメント欄は日本有数の保守(ホモ)、ネトウヨ、ネットトロル博物館となっております。
義務教育で学び損なったらどこまで悲惨な人間に育つか?
子育て世代の貴重な見本がコメント欄に大量に所蔵されています。
※ただし予防法である書物はネット優位の人のほうが読んでいる
俺の嫌いな人たちを揶揄していそうだから読んでみたけど、支離滅裂なレッテル貼りとしか捉えられなかった
基地外の総数自体はそう変わらないと思うけどね
むしろ、ネットに閉じ込められてる分、リアルに被害が減って良い傾向だと思う
ウヨ向けブログ見てると日本人総基地外化に向かってるように勘違いするけどね
在特会みたいな表に出る連中は減少傾向だよね
暴言アカウント一覧見つけましたけど、アニメ・マンガアイコン率高過ぎですね笑
2 迦陵頻伽
俺の嫌いな人たちを揶揄していそうだから読んでみたけど、支離滅裂なレッテル貼りとしか捉えられなかった
わかるわかる。君みたいなやつの事を揶揄してる記事だって気が付いたか(笑)
自分がレッテル貼られてるって捉えたのかな?
ネトウヨがまさにその例だわな
まあ、シナモンを擁護したり、虐待者を批判している人達もアニメアイコン多いけどな
@迦陵頻伽
つまりアニメアイコンの上に迷惑な罵詈雑言が止まらないキチガイって誰しもにとって鼻つまみ者って事なんだね。
別に利口になれとは言わないけどせめてまともにならなきゃ。
ここの管理人と変わらんやん?
そんなことして何が楽しいんですかね?
理解不能、ネットのニュースでしか知らないけど罵倒のセンスから見てメインの層は中高生みたいですし。
最近の中高生はそんなに暇なんですかね?
@名無し
ネットなんかやってないでガキは宿題やってろ。
@迦陵頻伽 さん
そうでもないと思いますよ。そういうことを大人がやってるところに闇の深さがあるわけで。
センスと言っても、一定の属性のやつってその中高生と同じコンテンツを趣味のメインに据えちゃってるんだから、傾向が類似して当たり前ですし。
いますね仕事場にも、聞いてもいないのに「俺は疲れてるんだ」を連発したり、演じる奴。だいたいその裏には「こんなに頑張ってる俺って多少言いたい事言ってもいいんじゃね?」的な傲慢さがあるように見える。実際大した仕事してない場合がほとんど。要は甘えでしょう。「俺みたいな優秀な頑張り屋さんが、何で無能な奴らより大変な思いしなきゃならないの!?」ってな所。その鬱憤を弱い立場の者にぶつける。確かに管理人さんの言う通り「病気」だ。このサイトの記事を「暴言」とか言ってるコメあるけど少なくともこのサイトは、弱い者イジメはしてないでしょ。クズウヨやロリウヨには厳しい内容かもしれないが、今や彼等は立派な「体制側」だから、弱者じゃない。