金子快之、アイヌ問題暴言で議員辞職勧告、自民会派からも除名 スコットランド住民投票に学ぶ民族問題、100万都市札幌の羊頭狗肉


スコットランド独立、初めて賛成が反対を上回る、エリザベス女王王室で調査を命じる

調査は英民間調査会社YouGovと英高級日曜紙サンデー・タイムズ(Sunday Times)が実施した。その結果、独立を支持する「イエス」が51%に上ったのに対し、反対する「ノー」は49%だった。どちらに投票するか「未定」との回答は含まれていない。

 2ポイントのリードは誤差の範囲内とはいえ、今回の調査結果は今月18日の住民投票を前に、独立を目指すスコットランド行政府のアレックス・サモンド(Alex Salmond)首相率いるスコットランド民族党(Scottish National Party、SNP)にとって価値ある追い風となった。

 こうした中でサンデー・タイムズは、英国のエリザベス女王(Queen Elizabeth II)が住民投票に「大きな不安」を感じており、最新情報を毎日報告するよう要請したと伝えた。

 スコットランドは英国の国土面積の約3分の1を占め、英国の核ミサイル「トライデント(Trident)」が配備されている。SNPはスコットランド独立が実現した場合、2020年までに同ミサイルをスコットランド域外に出す方針を示している。

 仮に住民投票でスコットランド独立が認められれば、国際社会における英国の立場をめぐって一連の問題が提起されるとともに、デービッド・キャメロン(David Cameron)首相の辞任を求める圧力も強まるだろう。

via: スコットランド独立、初めて賛成が反対を上回る 英世論調査 (AFP=時事) – Yahoo!ニュース

 

 

売国奴金子の言い分はこちらで見ていただくとして、小野寺や金子がヘラヘラ笑いながらアイヌと対立の緒を作り、沖縄で安倍が同族相反の取り締まりを命じ沖縄民族を追い詰める一方、スコットランド独立の住民投票に危機感を隠さないエリザベス女王がいる。

なぜ日本が太平洋戦争で占領地の統治に失敗したのかといえば、実に簡単な話で国際感覚と危機感に乏しい国だからだ。

連合国に敗北し占領されるまで占領統治を受けたことがなく、やられる側の理屈を全くと言っていいほど想像せずに済んだ幸運、徳川幕府の鎖国政策で国際的な自分の相対的位置を悟る能力が欠落していたことがその大きな理由だろう。

 

ではなぜエリザベス女王はここまで危機感を隠さないのか?

これは日本においては朝鮮や満州、インドネシアやフィリピンの占領において一部のネトウヨなどは「彼らに誇りを授けた」などと無謬神軍行進論を展開しているおめでたさだけど、文化や歴史における摩擦や対立は100年1000年の遺恨になるってことを本質の部分で熟知しているからだ。

 

占領すべき都合があるから占領しているのが占領統治の本質で、「イギリスが居なくなったら困るのはあっちだ」などという寝言が一切通じないことを彼らは知っている。

意味がわかるだろうか?

「日本が居なくなったら困るのは国際社会だ」では戦前の日本が国連を脱退した結果誰が困ったんだろうか?

 

インドや中国、インドネシアやベトナムが消えたら皆困るだろう。

それは小麦や肥料、その他サービスや金融の取引相手がいなくなるから困るだけの話で、こうした相対的な取引の勘定が出来ない人間だけがそれをいつも勘違いしている。

 

今回の発言で売国奴金子は引用のニュースの通り辞職勧告を決議され自民会派から除名された。

 札幌市議の金子快之(やすゆき)氏(東区選出)が短文投稿サイト「ツイッター」に「アイヌ民族なんて、いまはもういない」などと書き込んだ問題で、札幌市議会(定数68)が金子氏の辞職勧告決議案を可決することが6日、確実になった。民主党・市民連合の呼びかけに対し、過半数の議員が所属する会派が賛成の方針を決めたため。決議案は22日開会の定例市議会に提案される。

 民主党が示した決議案の原案では、金子氏の書き込みや、アイヌ民族を先住民族と認めることを求めた2008年の国会決議を否定する発言を批判。一連の書き込みや発言の撤回と謝罪を求め、応じない場合の議員辞職を要求している。金子氏は撤回と謝罪を拒否していることから、事実上の辞職勧告となる。

 これまでに主要会派では民主党(23人)のほか、公明党(9人)、共産党(5人)、市民ネットワーク北海道(3人)が賛成する方針を決定。金子氏が離脱した最大会派の自民党・市民会議(議長を除き23人)は9日に対応を決める。ただ、決議案に法的な拘束力はなく、金子氏は辞職には応じない構えだ。<どうしん電子版に全文掲載>

via: 金子・札幌市議の「辞職勧告」可決確実 自民札連は除名の方針-北海道新聞[道内]

さて、それが何故なのか。

 

まずアイヌの立場を俯瞰すれば、アイヌは1800年代から和人と文化的対立を起こし始め、公式には1871年に独自の風習を禁止された上で土地を没収されている。

1876年にはアイヌ伝統の弓矢猟が禁止され、78年には札幌でのサケ漁は禁止された。

89年にはアイヌの主要タンパク源であった鹿猟が禁止され、94年には基地設置による集団移転命令がありアイヌが反対運動を起している。

その後見せかけの慰撫のために97年北海道国有未開地処分法が公布され、200万坪ほどの「原野」がアイヌ民族に無償貸与(譲渡ではない)された。

 

そしてそのすぐ後にアイヌ弾圧・財産没収法と言っていい北海道旧土人保護法が制定され、アイヌの固有文化と民族的団結は一度闇に消えていく。

これは終戦と同時に死文化しながらも1997年まで継続。民族と人権問題への関心と知識の薄さを世界に公表する日本政府の恥部になった。

その後1946年にアイヌは北海道アイヌ協会を設立し、アイヌの里帰りを呼びかけ、制度的差別(旧土人保護法)への対決を繰り返してきた。

 

その後アイヌ民族初の国会議員萱野茂が当選するにいたり、通称アイヌ新法が成立、同時期の二風谷ダム訴訟でアイヌの先住民族の権利が認定され、1997年には旧土人保護法がようやく廃止、アイヌが過去の精算を含め対等に日本政府と交渉できる日本人としての権利を得るに至った、というものだ。

萱野茂はアイヌ新法成立と旧土人保護法の廃止を目的に立候補し、それらの成立と任期満了を以って一期限りで政界を引退。

去り際の言葉は「人は足元が暗くなる前に故郷に帰るのだ」という実に含蓄深い狩猟民族の言葉だった。アイヌ版ダニエル・イノウエと言ってもいい御仁だ。

 

さて、ダイジェストで1997年までのアイヌの流れを描いてみたんだが彼らは「いない」んだろうか。

 

これらの中で特徴的なのは和人がいなくなれば困るアイヌはどこにもいないということである。

誰が困るのか?困らないだろう。

何故か?同じように差別をされ箸の上げ下げまで馬鹿にされるのであれば支配者が別になったところで同じことだからだ。

 

ならばウクライナの親露派のようにロシアに接近して独立抵抗運動を展開し、日本政府に揺さぶりをかけてより良い条件を勝ち取るのも一興だろう。

アイヌが自立のきっかけをようやく掴んだのは1997年のことであり、伊藤博文からの数えを襲名する内閣総理大臣と日本政府は明治日本政府が簒奪した彼らの財産に対するいかなる賠償も行ってない。

つまりわずか100年少しの間に怒涛のように暮らしと文化が変わり、財産を全て失い、言語が変わったのが実態であって、普通に銀行で住宅ローンを組める資力など持ちようがないわけだ。

 

その中で賠償は行わないまでも、地方の財布のうちからアイヌでも家を建てるきっかけを掴める住宅ローンなどの政策が出てきた。

おそらくアイヌ新法成立前からあったとしても30年経たない程度の運用実績しかないのではないだろうか?

同じ30年間に和人のローンがどのような変遷を示したか?

 

バブル崩壊、アジア通貨危機、拓銀の倒産、小泉改革、ITバブル崩壊、ライブドアショック、リーマンショック、東日本大震災と経過し、住宅ローンから一般貸付まで含めて国庫をガタガタにするほどの不良債権を生み出してきた。

おそらく不良債権の比率なんか大して変わらないだろうに、なぜアイヌが槍玉に挙げられるのか?

それは在日朝鮮人が大した人数いないだろう北海道において、ネトウヨクラスターに提供できる数少ない娯楽性の話題だからだ。

 

つまり選挙芸なのであって、後のことに対する覚悟なんか微塵もなく、利権の追求などというのとは全く別次元の話でしかないのだ。

もしそんなに利権が追求したかったら最低賃金と市役所の職員給与の乖離でも追求すれば良い、財政の中でも喫緊の問題だからだ。

しかしそれはやらない。なぜならそれをやったら選挙で落選するからだ。

 

繰り返す。日本人が居なくなってもアイヌは困らない。

同じように馬鹿にされるのであればより多く特典を提供する支配者を望むのは誰もが持つ打算だ。

 

でも日本人はアイヌが居なくなったら困るのではないだろうか?

もしアイヌ民族が独立運動を展開し、ロシアを誘致したらどうなるか?

北海道がなくなりあそこが外国領になれば多くの日本人が経験したことのない国境隣接を経験することになり、強力な軍隊と指呼の間で対峙することになる。

 

そうならないために彼らの奪われた100年余りを取り返すためのロスは無視できない金額なのだろうか?

幾らかの住宅ローンの不良債権に目くじらを立てた結果、軍事投資が1兆円膨らむことだって話の転び様によってはありうるのだ。

むしろ過去の経緯からすれば返済の必要ない賠償性資金を用意するのは当然の帰結にもかかわらず、アイヌはそんなことを求めてないのではないか?

 

もう一度繰り返す。

和人が居なくなってもアイヌは特に困らないが、反対にアイヌの動き方次第では日本は非常に危機的な立場に追い込まれることになる。

 

娯楽として民族差別を楽しむのは趣味としてやりたきゃ勝手にやれば良い。

 

しかし大事なのは結果に対する覚悟なのだ。

北海道で独立運動が展開し、ロシア軍が動き始めた時に同じようにアイヌを差別しながら戦う覚悟はあるのか?

ミサイルが飛んできて爆弾テロが起き金子・小野寺の家族や無辜の民が殺されるかもしれない。

 

その時自分の命をかけて立ち上がれるんだろうか?

同じように差別をカジュアルに楽しんで笑っていられる根性があるのか?

冒頭の動画の小野寺の姿にその覚悟を伺うことは全くできない。

 

1400年前から18世紀初頭まで独立のくすぶりがやまなかったスコットランドも、北海油田発見で何百年の静寂を破って再び独立運動の火がついた。

古代の氷河の痕跡やクラウディウス帝の征服の痕跡をのこすあの風光明媚なスコットランドはこのアイヌ問題とそっくりそのまま同じような構図を抱え込んでいる。

それを古い言葉で他山の石というのだ。

 

 

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スコットランドの有名な話、グレンコーの虐殺。
あのあたりは古代にあった氷河がえぐった地形で、
谷あり山あり川ありの誠に美しい自然環境がある。
ちょっとした茶店や、地元民のおばちゃんの自慢の庭先で紅茶でも楽しんでみれば良い。
虐殺の痕跡がいささかも伺えない心の洗濯エリアだ。

 

 

 

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ジャコバイトとウィリアマイトの戦闘

ダンディー子爵などジャコバイト(名誉革命の反革命派)急先鋒は、ウィリアマイト戦争(アイルランド)に呼応するかたちで、革命に対してただちに武装蜂起で応えた。イングランドはアイルランド・スコットランドを同時に相手することになり、結果キリクランキーの戦いでの敗北という結果を招いた。しかし、この戦いでスコットランド・ジャコバイトの核であったダンディー子爵が戦死し、つづくダンケルドの戦いではイングランド側が勝利をおさめた。スコットランドはもとより上から下までジャコバイト一色というわけではなかったが、2つの戦いによって、とにもかくにも名誉革命体制に従う風潮が主流となった。

戦いに勝利したといっても、ただちにスコットランドの安定までは意味しなかった。ハイランドを中心に、各地でジャコバイトがくすぶっていた。南の敵国フランスと対峙するうえで、北方ハイランドの不安は厄介な問題のひとつであった。このような事情から、政府はハイランドに対して、何らかの方法によって実力を見せつける機会が必要だと考えていた。

名誉革命期のハイランド

名誉革命期のブリテン島北端ハイランドにおいて、2つの理由から革命に反対する思潮が主流であった。ひとつは親近感の問題で、ハイランドからみれば遥か彼方のネーデルラント総督よりも、スコットランド王家の流れを汲むジェームズが王として望ましかった。いまひとつはタニストリーを始めとするスコットランドの法と伝統である。イングランドと違って法的にウィリアムの王位継承を正当づける根拠が薄かった。臣下が王を追放できるのは、スコットランドの法によれば、民意にそむいてイングランドに屈服したときだけであった。

とはいってもハイランド人は戦闘に敗れたばかりで、さしあたりウィリアムに従ったほうが無難だという声もあり、内部で揺れていた。ウィリアム支持を鮮明に打ち出したキャンベル氏族は、ハイランド氏族社会のなかでは例外的な存在であった。したがって国王ウィリアムやイングランド政府は、キャンベル氏族を介してハイランドの情報を得たり、また懐柔させようとしたりもした。

via: グレンコーの虐殺 – Wikipedia

経緯

1691年8月27日、ウィリアムはハイランドの氏族長たちに、明くる1月1日までにウィリアムに従うと誓約するよう──しないならば、血の制裁があるであろうという脅迫付きで──求めた。氏族たちはどう処すべきか迷い、フランスに亡命中のジェームズ2世に伺いを立てた。ジェームズも如何に反応するか悩み、時間だけが過ぎていった。12月も中盤になってジェームズから「とりあえず」署名しておくようにとの意思が届いた。氏族長たちは冬の雪のなか、急いで署名の場に向かった。

犠牲者の選別

氏族長たちは続々と署名に集まったが、なかには期限間近になって到着する氏族もあった。しかしイングランドのほうが一枚上手で、土壇場になって署名の場を変更し、しかも関所を設けて足止めをはかった。結果的にグレンコーのマクドナルドが1月2日になって到着し、治安判事の不在によって署名は1月5日にずれこんだ。これを名目として、ステア伯ジョン・ダルリンプルをはじめとする政府内の革命支持強硬派は、実力行使の矛先にグレンコーのマクドナルドを選んだ。

マクドナルド氏族が選ばれたいまひとつの理由は、イングランドと氏族社会の仲立ちをしていたキャンベル氏族の長年の宿敵だったことであった。マクドナルドはキャンベルと同じく、ハイランドで最有力氏族のひとつで、また双方ともハイランド西岸が主な勢力圏であった。両氏族は──近隣氏族がしばしばそうであったように──不仲で、牛泥棒などの小競り合いが絶えず、しばしば死者を出す事件が起きていた。キャンベル氏族長のブレダルベーン伯ジョン・キャンベルは、マクドナルドが遅れたのを見逃さず、これを粛清するようステア伯らに進言した。

via: グレンコーの虐殺 – Wikipedia

虐殺事件

政府は遅れた署名を無効とし、制裁の手続が進められた。命令に署名したのはステア伯(スコットランド担当国務大臣・司法長官)、キャンベル氏族長ブレダルベーン伯、そしてウィリアム3世であった。1月、キャンベル氏族出身の士官ロバート・キャンベルは命令を受け、手勢120名を従えてマクドナルド氏族を訪ねるよう命じられた。当初は調査という名目であった。1月末ごろ、彼は部下たちとともにグレンコーのマクドナルド氏族の村に到着し、2週間ほど滞在した。ハイランド氏族の間には客人には宿と食事をあたえるべしという慣習が古くからあり、マクドナルドはこの慣習にのっとりキャンベルと部下たちを客人としてもてなした。

ロバート・キャンベルがこの任務の性質や目的を正確に理解していたかどうか、いまだ明らかでない。2月12日ロバートは直属の上司による命令書を受け取った。命令書の写しによると、それは以下の文面であった。ロバート・キャンベルは命令を受け取ったのち、犠牲者「候補」とトランプに興じ、翌日の晩餐の誘いを受けて床についた。

命令書
1692年2月12日
貴官は、ここに70歳未満の反徒たちすべてを処分するよう命じられた。特に、あの老ギツネと息子らが、貴官の剣から逃げおおせないように注意せよ。すべての道路を抑え、何人たりとも逃げられないように万全の配慮を行うべし。私は朝5時にそちらに到着するよう行動する。それに合わせて処刑を開始し、速やかに任務を終える手筈になっている。もし私が5時に間に合わなければ、私抜きで執行せよ。この命令は我が国の平和と正義のための、国王陛下の特別な命令である。悪党たちは根から絶たれなければならない。また、この任務がのちの確執を生まないように、討ち洩らしを出してはならない。さもなければ、貴官は陛下や政府・軍の命令に忠実ならざる者として扱われるであろう。私は、貴官が自身を大事にし、この命令をあやまたず遂行できるであろうと信じて、この命令書に署名するものである。
ロバート・ダンカンソン

2月13日早朝、皆が起きる前に命令が部下たちに公表され、実行に移った。家々に火をかけ、族長以下38名を刃にかけ、子供を含む40人が焼死した。しかし村の人口は400人以上で、相当数が脱走したと考えられている。命令のむごさに兵士たちが躊躇したのではないかとも指摘され、また不服従の証として剣を自ら折った兵士もいたといわれるが、いずれにせよ命令書のいうような殲滅は達成されなかった。脱走した者の中からも凍死者・餓死者が出たが、生き残った者から事件の顛末が口づてに広まることとなった。

via: グレンコーの虐殺 – Wikipedia

事件の影響

事件の情報が広まると、国内・国外から批判の声が上がり、名誉革命直後の不名誉な事件となってしまった。ウィリアム率いる名誉革命体制イングランドの威信は傷つき、これ以上強硬策に出ることができなかった。スコットランドを懐柔するいっぽう、事件の黒幕はキャンベル氏族に引き受けさせて不満をそらす必要があった。事件は結果的にジャコバイトに恰好の攻撃材料を提供してしまったが、その一方で氏族間の溝もまた深くなり、一致団結してイングランドと相対することも非現実的となった。

体制の動揺

事件は政権にとって一大スキャンダルとなった。特に問題となったのは背信行為であった。すなわち、マクドナルド氏族は敵同士でありながらも、慣習に従ってロバート・キャンベルらを客として遇し、2週間にわたって宿と食事を提供した。虐殺事件はその恩を仇で返した形となったのである。まずフランスで批判がおこり、ウィリアムと政府を激しく非難した。これがイングランド・スコットランドに飛び火し、スコットランドからはもちろん、知らされていなかった大部分のイングランド議員や支配層からも批判がまきおこった。政府は調査を始め、ステア伯がこの事件で主導的役割を果たしたことを突き止めた。ステア伯は審問を受け、1695年官職を追われた。スコットランド側の不満はこれだけでは収まらず、ウィリアムはアフリカ・インド諸国会社の設立申請を許可せざるをえなかった。

犠牲になったマクドナルドの運命に、ハイランド人たちは恐怖するいっぽうでウィリアムとイングランドへの反感を強め、ジャコバイトがふたたび正統性を主張できる根拠を提供する結果となった。以後半世紀にわたって、スコットランドではジャコバイトの蜂起が度々起こった。ハイランド人を味方に引き入れるという当初の目論見は、短期的には成功といえなくもなかったが、長期的には裏目に出てしまった。

責任の所在

事件が有名になると、キャンベルと司法長官ステア伯およびイングランド王室の間で、責任の押し付け合いが始まった。イングランド政府は当初キャンベルの主導だったとした。そのうえでステア伯はすぐに公職に戻されたが、命令書が発見されて風向きが変わった。さらに虐殺を指揮したジョン・キャンベルの子孫が、事件の詳細を執筆・出版し、そのなかでステア伯とウィリアムが黒幕であると指弾した。かくして議論は泥沼化したが、論争を続けても双方が傷つくだけであった。ヨーロッパ列強との戦争が続くうちに、次第に虐殺事件は忘れられていった。

村と氏族の「その後」

キャンベル氏族は、もともとスコットランド氏族内で「イングランド寄り」と評判がよくなかったが、虐殺に加担したことを機に氏族社会でさらなる孤立を深めていった。20世紀後半にいたるまで、グレンコーやマクドナルド氏族系のパブなどの多くで「No Hawkers or Campbells(行商とキャンベルお断り)」の札が掲げられ、キャンベルの子孫はひっそりとウイスキーを飲まなければならなかった。

虐殺を生き永らえた者たちはその後、王の許しを得てグレンコーに戻って村を復活させた。現在、グレンコー村では事件の歌が残っている

via: グレンコーの虐殺 – Wikipedia

 

(chorus)O cruel is the snow
That sweeps Glencoe
And covers the grave o’ Donald
And cruel was the foe
That raped Glencoe
And murderd the house of Macdonald

They came in a blizzard
We offered them heat
A roof o’er their heads
Dry shoes for their feet
We wined them and dined them
They ate of our meat
And they slept in the house of Macdonald

(chorus)

They came from Fort William
Wi’ murder in mind
The Campbells had orders
King william had signed
Put all to the sword
These words were underlined
And leave none alive called Macdonald

(chorus)

They came in the night
When the men were asleep
This band o’ Argyles
Through snow soft and deep
Like murdering foxes among helpless sheep
They slaughtered the house of Macdonald

(chorus)

Some died in their beds
At the hand of the foe
Some fled in the night
And were lost in the snow
Some lived to accuse him
That struck the first blow
But gone was the house of Macdonald

 

† おお、極寒の雪は
グレンコーの谷を浚い
ドナルドの墓を覆う
そして非情なる敵は
グレンコーの地を破壊し
マクドナルドを滅ぼした

彼らはブリザードを越えてやって来た
彼らに暖かい火を与え
風雪をしのぐ宿を与え
乾いた靴を与え
ワインと夕食を与えた
彼らは我々のもてなしを受け
マクドナルドの家で眠った

†(繰り返し)

彼らはフォート・ウィリアムからやって来た
殺意をその胸に秘めて
命じたのはキャンベル
署名したのはウィリアム
すべてを切り捨てよと
マクドナルドを生かしておくなと

†(繰り返し)

彼らは夜、やって来た
皆が眠りについたとき
アーガイル[11]の軍隊が雪の中から現れた 無防備な眠りに襲いかかる狐のように
ほしいままに殺戮を

†(繰り返し)

ある者は敵の手にかかり
ベッドに骸を横たえ
ある者は夜闇にまぎれ
雪の中に斃れた
ある者は生き残った
ウィリアムに一太刀報いるために
けれどもマクドナルドはもう戻らない

 

 

 

 

 

 

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コメント

    • 2014年 9月 08日

    しかし管理人は左翼の鏡みたいな思想の持ち主だなw
    その上でネトウヨの説得は不可能で安部政権はますます力を持っていく。
    なぜだと思う?
    そういう論点すり替えて過去の残虐な事件を持ってきたところで納得するやつなんかいないよ。

    これからも全部おまえの思想とは逆のことが起こることは覚悟しといたほうがいいぞ。
    そして結果はおまえの予想通りにはいかないw

    • ルイー痔
    • 2014年 9月 08日

    思ったこと書いただけ、の結果が離脱勧告に辞職勧告じゃ政治家失格。
    議員さんが欲しいのは票であって揉め事じゃないから、民族だの宗教のデリケートな問題は公の場では極力避ける。
    補助金が問題だからってアイヌがいないまで普通言わないだろう。
    言えばどうなるか、こうなる。

    うちの地元の自民会派にこんなアホはいない。

    • 迦陵頻伽
    • 2014年 9月 08日

    お前の主張どうりにいったって日本が良くなるとは限らないだろ、いい加減にしろ!

    • 名無し
    • 2014年 9月 08日

    ネトウヨを説得出来る人なんているの?
    そもそも、管理人さんは説得するつもりないでしょ。

    • 迦陵頻伽
    • 2014年 9月 08日

    言いたい事言ってるのはウヨ系サイトもここも全く変わらんし
    論点ずらして言ってるのも変わらんから意味が無い

    • 愛国左派
    • 2014年 9月 08日

    じゃ、論点を指摘してその上で反論すればいいんじゃないんですかね?

    • 日本猿
    • 2014年 9月 08日

    @奥

    軍荼利さんはお前みたいなアホが増えると国の根幹が危うくなると主張している筋金入りの右翼だよ。日本人なら日本語くらいマスターしとけ。

    • 迦陵頻伽
    • 2014年 9月 09日

    アイヌを「民族」としてとらえた場合、上の記事の通り、倭人が土地も伝統も奪ったわけで、奪ったものを返すのは当然のことだ。

    ただ、アイヌを「思想」としてとらえると、別の側面があるように思う。苫小牧の駒大で何度も講演を聴き、あるいは白老の博物館で歌の歌詞をいくら読んでみても、アイヌ社会が倭人に恨みを抱いたり、対立しようとしているような感じは全くしない。

    もちろん学術観光的な要素で見えにくくなっている部分はあるのだろうが、アイヌは倭人の侵略さえも、災害や飢饉と同様に、自然が与えた運命として受け入れている部分があるように思える。

    これは彼らが優しいとか原始的とか言うことではなく、武力や傲慢で他者を蹂躙するような集団は、いずれ滅びるということを彼らはおそらく経験的に知っていて、黙っていても土地は原野に戻ると考えているかもしれないということだ。アニメのナウシカ的干渉といわれればそれまでかもしれないけど。

    彼らも人間だから、当然いざこざはあっただろうし、手に負えない悪者を始末することだってあっただろう。そういう葛藤の中から、とにかく自然を正面から真剣に見つめて、人間同士の争いよりも平凡な生活をあえて選び続けてきたように思う。

    彼らは「アイヌ国家」は作らず、地域ごとに独立して他へ過度な干渉をしなかった。これは幕府に始まり明治以降の政府が必死で維持している「一般人をカネや政府に過度に依存させて搾り取る」というシステムを崩壊させうるものだ。

    たいした資源もなく農業も関税保護措置でようやく成り立つかどうかの亜寒帯へ、わざわざ明治政府が侵略をかけてアイヌ文化を徹底的につぶしたのは、「アイヌ思想」が本土側へ広がるのを恐れたからかもしれない。実際、東北の日本海側などには、アイヌ的な生活をする人々が相当数いた。

    上の記事の通り、アイヌが土地を奪われ倭人の生活を強制された以上、返還や埋め合わせを求めるのは当たり前の話だし、倭人がアイヌにすべてを返す義務は永遠に消えない。

    ところが、その倭人の経済は、もうまもなく老人福祉などで崩壊することが見えていて、倭人にも餓死したり困窮して気が狂いネトウヨになる連中が出ているような状態だ。だから、倭人の生活に無理に合わせたアイヌの子孫は、その生活もまた怪しくなっていて文字通り踏んだりけったりだ。

    そもそも倭人の生活をアイヌに強制したことが間違いだったし、それ以上に北海道開拓自体が致命的な政策ミスだったように思う。

    例のネトウヨ議員は、内閣官房の明治政府マンセー予算で踊ったのかもしれないし、引退が近い議員のアナル舐めをしたのかもしれない。

    何にしても、「傲慢な人間はいずれ滅びる」。個人でも集団でも。

    ところで今日、千歳線で人身事故があった。2時間くらい小樽~千歳あたりが全部ストップ。東京なら15分くらいで動く。それだけ普段こっちは人身事故が少ないんだなと思う反面、増えたらいやだなとも思う。

    • gundari
    • 2014年 9月 09日

    @迦陵頻伽

    田舎の電車で事故って聞いたらすげー嫌な気分になりますよね、二択の内容だし。
    何年かに、一回だけですけど。

    >ただ、アイヌを「思想」としてとらえると、別の側面があるように思う。苫小牧の駒大で何度も講演を聴き、あるいは白老の博物館で歌の歌詞をいくら読んでみても、アイヌ社会が倭人に恨みを抱いたり、対立しようとしているような感じは全くしない。

    これはすごく深い洞察ですね。

    この民族思想考察で私が非常に違和感を感じる部分なんですが、今ジーンズやジャージ、スーツを着た日本人は大和民族という抽象的存在を現存として捉える一方、再び民族衣装を着て言葉を取り戻し始めたアイヌ民族を思想として捉えてますよね。

    ではそうなった場合、伝統的生活習慣に基づいてアイデンティファイするべき民族というものを、家族という形容を失い、仏事と神事という習慣を喪失し、クリスマスを祝いながら現存するという大和民族とは一体何なのかという壁に突き当たるわけです。

    この一事を持って大和民族は思想的にも実存的にも中興の滅びを迎えているのではないかという気がします。
    ローマ帝国で言えばカリグラとかああいう愚帝の時代の「傲慢」ですね。

    • 通りすがりの日本人
    • 2014年 9月 10日

    なかなかの名文で吸い込まれるように読ませて頂きました
    うんうんと同意する部分も多く、つまらない言説が繰り返される既存のメディア、カウンター的に白痴の如きな極論を振りかざすだけのネットに飽き飽きしている身としては新鮮でした

    >これらの中で特徴的なのは和人がいなくなれば困るアイヌはどこにもいないということである。

    >誰が困るのか?困らないだろう。

    >何故か?同じように差別をされ箸の上げ下げまで馬鹿にされるのであれば支配者が別になったところで同じことだからだ。

    >でも日本人はアイヌが居なくなったら困るのではないだろうか?

    >もしアイヌ民族が独立運動を展開し、ロシアを誘致したらどうなるか?

    >北海道がなくなりあそこが外国領になれば多くの日本人が経験したことのない国境隣接を経験することになり、強力な軍隊と指呼の間で対峙することになる。

    あまりない論点なるほど唸るばかりです。

    「論点ずらし」と言うならそれを具体的に指摘するべきだろう
    言い返す言葉もなく顔を真っ赤にして相手を否定しているだけだろう?コメント欄のネトウヨ君は

    • gundari
    • 2014年 9月 10日

    @通りすがりの日本人 さん

    彼らのは論ではなく気持ちですからね。
    つまり「俺の気持ちをどうしてくれる」以上の話はできないんですよ。
    整合性なんて期待するだけ無駄ってやつです。

    そもそもこういうのは人間としての正義の問題であって、金の有る無しを別にして出来る限りの正義の全う、そしてその上での損得を計った駆け引きが大事なわけです。

    どちらもが壊れてる奴が地方とはいえ政治家ですからね。
    これが今の日本のレベルだということですねぇ、哀しいですが。

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