安田浩一氏のヨーゲン記事に反対意見続々 「人権」と「俺の都合」の区別がつかない人々 匿名と無責任の問題点、ネット時代の司法と被害者たち


 

ネトウヨの実態に切り込む安田記事

ネトウヨヨーゲンの記事は数本書いたので、過去どんなことがあったかは検索から見てもらうとして、今回予想通りというか匿名のネットユーザーからのヒステリーにも似た反応が上がっているらしい。

今回の安田浩一氏の該当記事は結構厳しくヨーゲンの懐をえぐる内容で、反面ネットで右翼左翼の話にかぎらず他人にハラスメントを行っているクズの内実を白日の下に晒した内容のものだと思う。

 

朝鮮人など虐殺してやる──ネット空間でそう息巻いていた差別主義者の男は、両脇を二人の警察官に支えられて法廷に姿を見せた。

よれよれのジャージ姿だった。両手には手錠がはめられ、腰縄がされた状態である。肩口まで無造作に伸びきった髪は白いものが目立ち、まるで落ち武者のような印象を与えた。肌艶もなく、顔には吹き出物が目立つ。その疲れ切った表情と虚ろな目つきは57歳という年齢以上に老けて見えた。逮捕されてから三か月にも及ぶ勾留生活が、初老の域に差し掛かった男の生気を抜き取ってしまったようにも見える。

<中略>

国賊、売国奴、反日──。お定まりの悪罵に加えて、私の殺害を匂わせるようなツイートや、あるいは私の名前を騙り、アイコンをコピーし、ツイッターで「朝鮮人虐殺」を主張するような「なりすまし」まで登場する始末である。

そうした状況にあって、もっとも執拗に私を攻撃してきたのがヨーゲンだった。
彼は「朝鮮人の安田が書いた記事を信用するな」「安田を祖国に追い返せ」といった低レベルな書き込みを繰り返した。約3年の間にヨーゲンから私に振られたメンションの数は軽く1千回を超える。ほぼ毎日のように必ず、私に向けて悪罵を投げつけなければ気が済まないようであった。

via: ネットでヘイトスピーチを垂れ流し続ける 中年ネトウヨ「ヨーゲン」(57歳)の哀しすぎる正体【前編】  | 現代ノンフィクション | 現代ビジネス [講談社]

 

およそこのような内容で、ヨーゲン特定に至った手法、そして彼が差別をするに至った経緯を仔細に論っている。

今回の記事はこうしたジャーナリズムが大抵ネトウヨという属性を揶揄嘲笑するだけにとどまっている中で出色の出来だったんじゃないだろうか。

 

余談だけどネトウヨというクラスター自体、みんなが想像するほど貧乏で悲惨な生活というものではなかったりする。

要は表現次第で、安田浩一さんはストレートに現状を表現し貧しさを表していたけど、ヨーゲンのプロフィールを洗っている部分を読んだ限り、親がかりに暮らしていた過去の歴史が浮かび上がり、しまいに親の出資でプロバイダーを開業した過去も見えてくる。

 

ヨーゲンの地元いわき市の人口が34万人らしいけど、人口カバーをどの程度やっていたのか知らないけど、数字通りに読んだら当時の設備投資でおよそ3,4000万は最低でもかかっただろう。

技術者の雇用を併せて開業の資本は5000万は下るまい。

年商は最盛期でおよそ2億円弱、赤字が2000万くらいの状況で、あちこちから借りつないで赤字を支えていたのではないかと予想する。

 

勃興期の地方ISPなんて大抵どこでもそうだった。うまく最後まで生き残ったところも、都市部の古参ISPに会社を売却して、借金から巧妙に縁を切ってにげきれたら御の字というのが実情だった。

多分、あとは親が死に絶えて相続遺産が転がり込んでくるのを待つだけだろう。およそ1億円弱にはなる遺産じゃなかろうか。

 

つまりネトウヨというのは年寄りで、ある程度金を持っている奴もしくは中小企業の経営者などで、二元論の生活をしている人間に異常に多い。

嘘だと思ったらロータリークラブやライオンズクラブのやつに話を聞いてみれば良い。JCも多分ビンゴだろう。

ロータリーなんか大抵の地方で在日外国人(除く白人)は入会できない。嘘じゃない、本当のことだ。

 

取締役会などがまともに機能せず、シンクタンクも持たず、脊髄反射でYESかNOか切り捨てるように判断していく小規模企業の経営なんかまさにネトウヨ製造マシーンだ。

年取って耄碌してきたらそれに拍車がかかり、活字に耐性のない朦朧とした頭でネトウヨブログ読んだら一発KOだな。

 

クソガキとおっさん・ジジイ、結婚が絶望的になり始めた年齢の女で構成されている年齢分布の極端さはここらへんに要因がある。

 

さて、この安田浩一氏の記事に匿名はこのように反論する。

 

人権と特権の区別がついてない匿名達

確かにヨーゲン氏は下劣かつ幼稚な差別主義者である。それは間違いない。ヘイトスピーチは何らかの方法で規制されるべきものだし、被害者の方たちが苦しい状況に置かれ続けているのも間違っている。

 

しかし

 

しかし、僕にはやはり安田氏の記事を「ヘイトスピーチに対する毅然とした反抗」と捉えることはできなかった。氏の記事からは、大義名分の元で行われる私的リンチ、「正義の暴走」という匂いを感じてしまった。

<中略>

記事内で、安田氏はヨーゲン氏の過去を次々と明らかにしていく。

 

学歴、ご近所の評判、同級生からの評判、商売の失敗、借金歴、逮捕歴、自宅の外観、家族構成、風貌…etcetc

 

もちろんそれら全てがネガティブな内容だ

 

彼がいかに近所の人間から疎まれていたか、彼がいかに同級生から嫌われていたか、彼がいかに商売で失敗したか、彼がいかに貧しい生活を送っているか、彼がいかに醜い容姿をしているか。そういった事柄を安田氏は次々と調べ、暴露していく。
僕は思う。これはヘイトスピーチと呼ばれるものではないのだろうか。

via: 安田浩一氏の「ヨーゲン」記事に見る正義の暴走について : 人類応援ブログ

 

はい、ヘイトスピーチではありません、で終了の話だけど、人権をこういう人々は何だと思ってるんだろうか?

つまり普遍的に誰しもに存在する権利というのが人権の定義で、

 

都合がいい時に自分にだけ発動するものではない

 

これが人権の定義なんだよ。

わかりやすく言えば、ナイフで人に切りつけたものは反撃する相手に刺殺される場合だってあるんだよ。

 

どうしてか?

相手にも人権があってそれを守るための行動を取る場合があるし、その権利を認めないものを人権とは呼ばない。

今回安田浩一氏が記事を書いているということを見れば分かる通り、安田浩一氏自身もヨーゲンの攻撃対象だった。

つまり控えめに見てこれが私刑だったとしても反撃する権利を安田さんは持っていると思う。

 

そういった私刑論の対象からも勿論該当記事は外れると思う。

例えばこれが殺人事件や、町中で拡声器を持って差別街宣をやってる奴だった場合、やっぱり同じようにルポを書かれる。

間違いない、週刊誌を開いてみたら中身はそういう記事ばかりだ。

 

それがネットになった途端なんで個人情報やら人権という盾で守られるのか?

 

つまりはネットだから俺は安全だと思って勝手に安心していた油断が崩壊しただけの話であって、そこで人権を引っ張りだしたって常識として通用しないということだ。

(そもそも刑事事件で明らかになった事をとっかかりにしつつ書かれたルポであって、明らかになっている情報からも安田氏なりに線引して相手を傷めつけないように配慮さえしているように見える。驚いたヒューマニストだ。)

例えばこうしたことで追いすがられ追求される危険性に対して、守られる人権があるのだとしたら何故彼らは現実世界で、自分のリスクで人種差別活動をやらないのか?

 

ヘイトや他人へのハラスメントを喚き散らしても自分の人権はしっかり守られるんだろう?

なら現実世界でも思う存分やってみれば良い。

 

正直に言えよ、他人の人権に興味ない、人権は俺の特権である場合にのみ都合がいいんだって。

 

別にヘイトだけじゃなくて炎上でもネットハラスメントでも何でもそうだ。

Twitterだのブログのコメント欄だので威勢のいい因縁をつけてくる奴は無数にいるけど、どんな人混みを歩いていても俺に直接同じことをするやつを見たことがない。

では何故ネットでは出来るのか?

 

つまり「”ネットでは”安全だ」とタカくくってるだけ。

それが間違いだったら何故人権侵害になるというのか?

全然同情できないし、理解も出来ない。現実の世界で枠に収まっているものが、ネット上で壊れたってだけのみっともない話だったんだろう?

 

そしてその程度のことですら判別できないのが大衆の特徴で、この手の連中の目はいつも自分の都合バイアスで曇っている。

だから当事者の立場をどちらも斟酌しない人間が報道しあるいは判決を下す。

 

全ては自分が招いた話で、始める前に常識を前提にして自分で考えたらよかっただけの話なのだ。

 

それが嫌な人間が巻き込まれないためのたった一つの道具。それは人権じゃなくて「常識」だよ。

常識的に暮らしていればそんなことにならなかった。

 

 

匿名・実名の問題ではない実情

 

この場合匿名が問題なのかという議論も必ず湧いて出てくるもので、匿名は悪いという結論になりやすい。

しかし今回の事件にかぎらず、ネットで匿名か実名かというのは実はさして重要ではない。

 

つまり、朝鮮人を殺せと言い嫌がらせをしたり、炎上という騒動でひたすら他人の名誉毀損にいそしんだり、逆に何かしらの考えや党派性の違いで多数から不毛な罵倒を浴びている人というのは匿名にも実名にも居る。

例えば福島みずほと池田信夫、石井孝明と彼の被害者というふうに無数の問題は起きていて、これらを俯瞰したらある実情が浮かび上がってくる。

 

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それは匿名か実名かではなくて、実は自分の発言に責任を負っているのかどうかこそが重要なのだというものだ。

 

つまり無責任が悪なのであって、匿名が悪というわけではないってこと。

例えば俺もこのサイトの運営は匿名でしている。

仮に明かしてしまった場合、情報の入手に不都合が生じるし、日常的に発生している脅迫や嫌がらせを直接受けることになるだろう。

怪文書、殺害予告、偽弁護士、いくら何でもそれはめんどくさい。

 

従って窓口を設けた上で、話し合った結果法廷で対立するなど実際の動きになるまではある程度突き止めるのに手間がかかる仕組みは導入せざるをえないわけだ。

 だから大抵の出版社でも編集部を設けて個人に直接皺寄せが行かない仕組みを採用している。

編集部というものに人格はないけど、話し合いや申し入れの中継点を持っており、それを機能させているという事が重要なわけだ。

 

池田信夫は福島みずほに訴訟提起されているけど、まだ判決が出てないにせよデマの責任を取るつもりはないと公言している。

石井孝明も同じような感じだ。

さらには彼らが実名で運営しているAgoraも、一個人の中学校教師夫妻の所在や実名を明かし、嫌がらせを呼びかけておきながら、被害者の記事削除要請に応じる気配はない。

 

つまり実名で、法人化して運営している媒体でもまともかどうかで言えばまともじゃなかったりする。

実名かどうかは正義の担保にならない。

 

言論の基本において大事なのはたった三点だ。

・自分のことだけ棚上げにしない、二枚舌禁止

・責任を取るべきものについて良識に基づいて責任を取る

・ハラスメントになっているのかいないのか厳しく考査する

 

これが守れない奴の言論の自由が誰かの権利を侵害した時、やられた人は反撃する権利を持つ。

反撃の手法が実情によって変わっていくというただそれだけのことだし、事件化したのであればマスコミで報道されるのも致し方ない。

 

本人が両方共同意している援助交際で捕まっても報道は実名でされている。

何がおかしいんだろうか?安田氏のルポには名前すら載ってなかったんだが。

 

ネットとハラスメントに遅れを見せる司法

 

今回これらの事件がこうした匿名の人間が最も嫌がる「晒し」に発展したのはなぜか?

一つにはヨーゲン自身が潮目を見誤ったのが一番の原因と言えるだろう。

 

例えば李信恵というおばちゃんのTwitterアカウントを覗いてみたけど、例えばあのおばちゃんが裁判をしようと言い始めた時に、匿名のままにせよヨーゲンが詫びを入れていたらどうなっただろうか?

 

個人的な推測にすぎないけど、「もう二度こういうことしなさんな」で終わっていた話じゃないか?

安田浩一氏にしても堪忍したんじゃないかと思う。

そういうヒューマニズムが通用する相手の我慢の限度を超えたのは自分の勝手だろ。

 

この手の事件が往々にして加害者にとって最も嫌な形で進行していくのは、半分は司法のせいだ。

警察にせよ裁判所にせよ、事件化したネットトラブルに対応が悪すぎるのではないだろうか?

 

例えば、前2chで人間違いで晒されて営業妨害を執拗に受けていた北海道の不動産屋でも、警察が被疑者を捕まえたんだろうか?

北星学園脅迫事件でも弁護士が告発したけど警察はどう動いたのか?

 

つまり腰が重いわけだ。普通逮捕されるだろうことをほったらかしにしている警察が、より気軽にその辺のしょうもない奴が犯罪に等しい行為に手を染める風潮を助長している。

 

もう一つに、ネット事件の結末として刑事事件化しやすい風潮の一つに、裁判所の民事判断の時代遅れが挙げられる。

李信恵さんの裁判は在特会と保守速報を相手取って行われているけど、本当であればTwitterでハラスメントを繰り返している奴にも同様に訴訟提起したかったのではないか?

 

それをやらなかった理由の一つに、恐らくは過失相殺という民事責任の判断がある。

つまり売り言葉に買い言葉と思われてしまうと「相手に落ち度があったにしてもあなたはもう言い返したじゃないですか」となる。

 「一方的にやられただけの被害者」になりそこなったら裁判では非常に不利になる。

 

受任した弁護士さんはその辺の不利を察して訴えから外したのではないかと想像する。

 

そしてもう一つに立証責任の困難がある。

ネットトラブルの大多数は単独行動が多数によって重複し大規模に行われて結果的に打撃を受けるという特徴がある。

炎上なんかまさに顕著な例だろう。

 

この中で誰が実行犯でどのように犯行に関わったか立証しないと民事の法廷で相手を追い詰めることは出来ない。

 

発信者情報開示請求が大体一人頭20万ちょっと。

それを2,300人で炎上させた騒動で全員にやろうと思ったら単純計算で4000万以上の費用負担が発生する。

しかも一年以内に開示請求する対象の言動をすべてピックアップして紐付けして並べ替えて、どういうふうに被害が発生したか裁判所が理解できる資料にしなければいけない。

 

中にはメール爆撃とか、署名サイトでハラスメントに加担した送信者や送信先まで突き止めろとなるわけだが・・・・

 

発信者情報開示請求で4000万。割り引いてもらっても1000万くらいは請求があるんじゃないか。

更に本訴費用で100万は下らない。

相手が何百人もになったら郵便切手などの裁判費用だけで預かり実費を200万円くらい余分に預けなきゃならないだろう。

 

更には多数の相手を訴えることによって訴訟の開廷日は調整がまともにできなくなり、結審まで10年かかってもおかしくない。

だから面倒くさいという理由で刑事事件まで一発で進んで、アホのネットクレーマーが気軽に悪口を言った結果、書類送検の前歴がついたり前科持ちになったりして、ハワイへ行くことも出来ない体になる。

 

被害者が可哀想じゃないと救済しないのか、裁判所

 

こうした司法の風潮は李信恵さんの裁判みたいな民事訴訟の行方に暗い影を投げかける。

京都の朝鮮人学校の裁判で在特会が敗訴したのは、一つに朝鮮学校側が罵声を応酬してなかったからではないか?

 

つまり一方的にやられて可哀想だったから被害者として認めてもらったわけで、忍耐の限度を超えるまでは言い返していた李信恵さんが同じ判決になるかといえば相当厳しいのではないかと思う。

 

しかしよく考えたら、ネットで在日朝鮮人という看板を掲げてアカウントを持っていたら、呼んでもないやつが罵倒しに来るのが昨今の風潮であって、そいつに言い返したことが過失というのは違うのではないかと思う。

 

どこにも罵倒される側に事が始まる原因はなかったわけで、突如罵声を浴びせられて言い返したことを過失というのは常識にそぐわないと思う。

繰り返すけど知らない人が勝手に現れて、一方的になんでも言えるのがネットの仕組みであり、その中で片方だけいたずらに有利にするのは間違っている。

 

これで過失相殺を認めるのであれば罵倒を浴びせる側の権利だけ一方的に認めることになり、言われる側のエスニシティーや職業、社会的属性そのものに落ち度を認めてしまうことになる。

なぜなら相手が罵倒を始めたきっかけはまさにそこであって、被害者側が「そういった属性」を持っていなければ始まらなかった事だからだ。

この齟齬を司法はどう考えるのか?

 

これはヘイトだけに限ったことじゃない。必ずいろんな分野で問題を巻き起こす。

例えばある飲食店を気に入らなかったクレーマーが、ネットでデマを撒き散らかしてそれが拡散され閉店を余儀なくされた場合にも同じようなことが発生する。

 

当然、デマをまき散らされていることに店主が気づいたら「嘘言うんじゃねぇよ馬鹿野郎」位は言うだろう。

そして更に揚げ足を取られて袋叩きにされる。

 

我慢の限度を超えて訴訟提起したら、誰がやったのか、どのような手口だったか、過失相殺はないか・・・・

 

言い返しているから過失相殺が発生し、手口を立証できず誰がやったのかを特定できなければ責任ありません?

では集団で誰かを撲殺したら誰の拳でとどめを刺したかわからないから傷害致死なんだろうか?

 

これを暴論というのであって、旧来の現実社会で発生し得なかったスタンドアロンコンプレックスの責任を問うための新しい司法の枠組みは今から作るべきだ。

 

たとえ被害者が可哀想じゃなかったとしても、加害者は結果に対して責任を負っている。

ミニスカートで歩いて男を誘惑した被害者は強姦されても過失相殺?そんなアホな。

 

命の危険が発生しなくてもヘイトスピーチでは罰を与えられるべきだし、たとえ言い返したにせよ

 

その罵声の応酬は一体誰の手で始められたのか

 

こそが問題だろう。

 

加害者は罵声を浴びせ、何かしら嫌がらせを行うことで犯意と犯行を達成した。

それに対してきつい言葉で応酬したとして何が発生したというのか?どう過失になるのかやっぱり、理解できない。

 

今度の騒動で、李信恵さんは過去の職業を暴かれ、人種以上にひどい中傷を受けている。

その責任を在特会にも保守速報にも問えない。因果関係を立証できないからだ。

 

しかし事の発端はまさに彼らなのであって、その責任を問うためにまたTwitterの匿名多数相手に何百万も何年もかけて戦えというのだろうか。

人権というものがこの世にあるのであれば、この騒動の顛末を嫌でも目にする事になる李信恵の子供の人権はどうなるんだろう?

そもそも被害者にだけ訴訟資金が無尽蔵にあるとでも言うのか?法の平等の趣旨から著しく逸脱している。

 

責任をあるタイミングで一元化して負わせる仕組みのほうが合理的で、むしろそうしなければ法の平等は量られないのではないかと思う。

 

少なくとも「彼ら」の中の「今訴えられている者」に全体の責任を負わせて、気軽に悪事に手を付けられない環境を作る事こそ重要ではないか?

 

 ※訴訟が無理なのではなくて、過失相殺の関係で勝訴が難しいと弁護士が判断したのだと思う。

 

「守りすぎの人権」が招く未来

 

このまま「加害者の人権」だけが結果的に守られすぎた場合、徹頭徹尾加害者が有利なネットの仕組みはおそらく早晩崩壊する。

というか取材や日常の交流で代議士や有力者と話した時に話題に出れば必ずその話をしている。

現状では崩壊させたほうが秩序はまともになると判断しているので、俺は崩壊させる方向にプッシュしている。

 

今のネットカルチャーのいいところは、ネガティブな方向での集団的意思も働くけど、その逆も割と簡単に働くことだ。

匿名であるがゆえに素直にポジティブな気持ちにもなって、優しさで寄り添っている部分だって沢山ある。

匿名が故のソーシャルナレッジだってある。

 

しかしその文化は立法によって叩き潰される脆さと裏腹の儚い文化だ。

 

必ずこのまま行けば、訴訟で行き当たる問題を解決するために事実上の実名化が図られるだろう。

韓国で導入されているというネットID制とかな。

 

つまり言動の紐付けが容易になる方向に進み、本来の自由なネットの産物であった陰陽の心の吐露が出来ない世界になる。

 

みんなはそういうネットの登場を望むのだろうか?

こうした事件への意見表明によるVoteの行方がそうなっているということを忘れないで欲しい。

 

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コメント

    • 迦陵頻伽
    • 2017年 10月 16日

    慰安婦問題から嫌韓になったんですが、そういった自分は広義のネトウヨなのかなと思っています。
    けれど、軍荼利さんのお話しは、いつも賛同できるところが多いと、思っています。(上から目線で恐縮です)
    ネットでも現実でもいたずらに人を傷つけない、自分がされたら嫌なことはしない、それが大事なんじゃないかと思っています。
    そんなに世の中、単純ではないのかもしれませんが。

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