星のある女と浮世の物差し お宝の発掘方法


本当にいい女の定義ってなんなの?

 

 

近頃、熟女の悩みに直面することが多い。

ここ20年、30年の不景気の結果なのだろうか、本当に好きな男と一緒にならなかった自分を呪う人々がいかに多いことか、愕然とするくらいあけすけな相談を聞いて驚いている。

(旦那のことを考えたらいたたまれない。まぁ旦那もしょうもないやつなんだろうけど。)

 

自分が最も後悔しない選択肢を選ぶ これがどれほどある一定数の人にとって難しい課題なのかわからなかっただけにある種新鮮な驚きだ。

あとで泣くほど後悔するならバカなことすんなよと内心思うんだけど、起こってしまったものはしょうがない。

 

だからなぜそうなったのかくらいしか説明のしようもないし、残念ながら男として生まれてしまった以上、女の考えでなにかを提示することは出来ない。

相談の答えになっているのかわからないけど、必然的に男にとってどういう女が一番いい女なのか、それを答えることになるのだけど。

 

いい女の定義ってなんだろうか。

 

考える時間

 

考える時間

 

 

考える時間

 

 

 

考える時間

 

 

 

大概、顔がきれいとか芸能人で言えば誰某に似ている、胸がでかい、ケツがでかいと色々なそれらしいことを考えたんじゃないだろうか。

しかし、「いい」という基準はそういう通俗的な条件の中に眠っていないということだけは確信を持って言える。

 

本当にいい女、それは目に星のある女だ。

 

 

目に星を持った女が地上で一番いい女

 

にわかに「目に星のある女」と言われても首をかしげる人が多いかもしれない。

それは目がきれいとかカラーコンタクトのコーディネートが巧いとかいう話では決してなく、つまりは相手の心を反映して光る誰しもが持っている星ということ。

 

どんなドブスでもおばちゃんでもそれは条件が揃えば必ず光る、性根が腐ったボロ人間以外は。

 

ではどうすればそれは光るのか?

方法を一つしか知らないから一つしか説明できないけど、それは相手に愛されていることを女が確信した時に最も強く光るものだと思う。

(そういう意味ではほんとに受動的な性を持つ生き物なのだな、と思う。)

 

つまり気になった女に、屁理屈をすっ飛ばして男が本気で肩入れさえすれば必ずそれは光るってことだ。

無論、それは当事者にしか見えないんだけど。

 

そしてそれは男が既にそこまでの経過で完全に惚れてしまっていて、人生にそう何度もない経験をしている最中であることを示している。

どの段階で気づくのかは人それぞれ。

 

でも「これが目に星のある女なのか」と思った人、それは一生忘れることのできない相手だってことを示している。

通俗的な後付の理屈は全部無視して、身も心も全部投げ出して没入することをおすすめする。

 

大概、そうなった時に世間的な色々なものが人の足にまとわりついて行動を間違わせてしまう。

 

しかしよく考えて欲しい。

この世に二つと無いお宝と、あとでどうとでもなる仕事や金、世間体のどちらを選ぶのか?

 

文字で現したら答えは一つしかない。

 

最高と次善の違いは埋め合わせが効くほど安いものなのか?

1番の値打ちを不当に安く見積もったら、冒頭の熟女のように泣いて暮らすことになる。

1番は1番、2番は1番ではない。

 

もし目の中の星を見つけた人は、雑踏の中で見つけたいわゆる「いい女」と「星のある女」を見比べて欲しい。

それがあるとないとで、木偶人形と人間ほどの違いがそこにある。

 

反対に女も「確信を持った男」とそれ以外のいわゆる「いい男」「安定したヒト」を比べて欲しい。

多分、欠乏感とかすかな疑問を感じるのだろう。

 

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誰に似てるか バストがでかいか 下らない評価を無視して生きる

 

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男は男で世間体や、ケツがでかいか胸がでかいか、はては家柄や世間体まで気にして皆自分に嘘をつく。

近頃は共働きが普遍的なため、相手の年収まで考えるらしい。

 

女は女で、安定や世間体、稼ぎがいくらかと下らないことをちまちまと考えて、人生で多分一度しか光らないだろう星の輝きを腐らせる。

 

そしてその20年後30年後に冒頭の熟女のようになったり、浅ましく恋愛ごっこを模索する、稼ぎのしょぼい島耕作もどきになっていく。

考えただけで鳥肌が立つような下らなさだけど、ヒトはもっとソリッドに生きろという審判の結果がそれ。

 

どこかで打算して妥協して自分をごまかして生きて、そこに幸せなんてものがあるのか?

 

毎日毎日、ほとんど全ての人が計算の中にだけ存在するありもしない未来を想像して、何の意味もないどんぐりの背比べに付き合わせようとする同調圧力に直面している。

 

しかし忘れてはいけないのは、他人が自分の人生の主人公になることなんか絶対にありえないし、何が自分にとっていいのか決められるのは神様と自分自身だけってことだ。

安定した人生ってのにどんな値打ちがあるのかもわからないし、「あんな女でいいのか」的な揶揄を真に受けてどんないいことがあるのかも全然理解できない。

 

ほとんどの大多数の人にとって、生活や世間体を優先する意味などない。

だって殆どの人は、自分で自分の人生の価格的な意味での高低を決めることは出来ないわけでしょ。

 

給料も自分で決められないし、何をするかも大筋で(仕事では)他人が決める。

つまり、世間体をどう取ったところで一山三銭の値段がせいぜい一山五銭になって終わりってことじゃないの?

 

その二銭のためになんで重要なことまで他人に決めさせるのかが1mmも理解できない。

 

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打算で木偶人形にならないための生き方を

 

女の人生で二銭の差異を計算したらこのバカバカしさはより明白になる。

 

近頃、専業主婦になって安定した人生を歩みたい人が多いらしい。

まず専業主婦になれる可能性がある人は全女性中せいぜい5%くらいなもんだろう。現実社会では既にそうなっている。

 

専業主婦になるだけの稼ぎがどれだけかと言えば、それは亭主の給料が手取りで50万(ボーナスは当然非可算で)はないと無理だってことだ。

そんだけ稼げてるやつの人数は既にその程度になっている。

つまり、その可能性が比較的高そうな男と結婚したところで45,6歳までは労働から逃げられない。

 

で、その年齢を過ぎてやっと50万の手取りがあったのだとして、暮らし向きはどうなのだろうか。

住宅ローンで15万差っ引かれて、光熱費とかで2万かそこらなくなるだろう。

子供の教育費だ習い事だ学費だ食費だと全て合算したら多分おつりは3,4万しかない。

 

そんな子供の小遣いみたいなお釣りのために感動に満ちた人生を捨て去るんだろうか?

随分お値打ちの安定に見えるんだが。

 

世間ではその食費を3万円に切り詰めたらもっと金が残るとか乞食みたいなことを喚く。

感動に満ちた人生を捨て去って、毎日もやしを食いながら3,4万のお釣りを10万円にしたら、目の中の星が煌くんだろうか?

 

まるで幸せに満ちた人生や、価値の査定を頑なに他人に任せない人を嘲弄するかのような風説が、ヒトの考えを毒し続けている。

孤独でもソリッドに生きなければ幸せは掴めない。

 

孤独に生きることに耐えられなかった草食動物は、他人が生きる確信と自信に満ちた人生を許すことが出来ない。

 

本日も、月に10万円自由にするためにもやしを食う仲間を探して情けない声で鳴いている。

男は数少ない星のある女を探さなければならないし、女もクソみたいな打算は一回ご破産にして、目の前の物事に確信を持つ覚悟を持たなければいけない、20年後に泣いて生きる人生にしないために。

 

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コメント

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  • コメント (4)

    • チガエシ
    • 2016年 11月 25日

    さてそんな相手にはどこに行けば 、あるいはどーやれば出会えるのか?とは思いますが・・
    ただ言えるのは、確かに恋愛は「量より質」ですね。これはほんとに思います。

    • gundari
    • 2016年 11月 26日

    @チガエシ さん

    どうすれば出会える的なハウツーはこれは通用しないと思いますね。
    星のある女=自分にとっての永遠の人でしょ?

    いつかその日が来た時に運命から逃げるな、って意味で受け取って欲しいです。

    • チガエシ
    • 2016年 11月 28日

    レスありがとうございます。なるほど、たしかにそうですね。おそらくこれは人間にとっての一生モノの課題のうちの一つで、ハウツーに頼ったり(ほかにも神仏に参ったり笑いろいろ)誰か何かに頼ったりするのではなく、「自分でなんとかするべき事」なのでしょう。
    あと、「類友」と。

    • gundari
    • 2016年 11月 28日

    @チガエシ さん

    大抵の人が「これがそれだった」と無理に思い込もうとすることであとの悲惨を招いてる気がします。
    大事なのは外連味なしに事実を受け止めることだなーと思うのです。

    曖昧模糊としたまとめ方でごまかす人が多くて、それこそ大人の生き方なのだと思われがちですが、私は間違っていると思います。

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