岩手中二自殺 被害者父が理不尽な逆ギレ 「先生に助け求めていたのに」 何でもかんでも他人のせい


自分の子供は自分で体を張って守るのが当たり前です

 

「先生に助けを求めていたのに…。無視された」。父親が最も衝撃を受けたのは、村松君が亡くなる6日前の6月29日に書かれた内容だった。

 「ボクがいつ消えるかはわかりません。ですが、先生からたくさん希望をもらいました。感謝しています。もうすこしがんばってみます。ただ、もう市ぬ場所はきまってるんですけどね。まあいいか」(原文ママ)。「市ぬ」は「死ぬ」の意味とも読める。遺書ともとれる深刻な内容だが、7月1、2日に秋田県仙北市で予定されていた1泊2日の宿泊研修の直前で、担任の女性教諭は「明日からの研修たのしみましょうね」と記しただけだった。

via: 岩手中2死亡 「先生に助け求めていたのに…」男児の父親が悲痛な訴え (産経新聞) – Yahoo!ニュース

 

被害者の父親の声明を読んでやっぱりなぁと思ったけど、世の中子供の保護責任は近頃何でもかんでも学校らしいね。

普通に考えたら激しすぎるしごきとか、いじめとか不良のガキに絡まれてるなんてのは、最後は家族が守るのがあたりまえだと思ってたけど、まるで消費者がコンビニで購入した菓子に異物が混入してたようなノリでわーわー騒ぐのが当たり前になっている。

 

教師といじめ、あるいはありがちな学校に警察、刑事責任をという論で致命的な矛盾は、ほとんどのいじめ加害者はやってることの悪質さを大なり小なり認識した上で、決して尻尾を掴まれないように巧妙に陰湿にやってる部分を根幹から見落としていることにある。

タリウムを同級生に飲ませた大内も逮捕されずに初動捜査から逃げおおせているけど、日常的に衆人の監視があるわけでもない一種の閉鎖空間で、確信犯が証拠隠滅を計った時にそんな簡単にいじめは立証できない。

 

その前提で教師がいじめに責任を負えとか警察がいじめを検挙しろというのは、証拠を無視した厳罰主義を導入しろというのと全く同じ話をしているのであって、その時また被害者になるのはどちらかと言えばとろくさいいじめられっこ側ってのをわかってないのが矛盾なわけだ。

証拠を無視して空気で誰が悪なのか決まっていく風潮で、要領のいいいじめっこ側はいじめられっ子をいびって排除するのにその厳罰システムを悪用するに決まっている。

その時になって泣きを見るのが誰なのか何も考えてない暴論としか言いようが無い。

 

いじめ問題で最も重い部分は、「やってることは明らか」だとしても「他人を納得させるだけの証拠」を集められないという部分だ。

暴論と同じ処遇を生徒が死ぬ前に学校が加害者側に適用してもやっぱり問題化して炎上していただろう。

いじめられっ子というのは多くの場合多数集団の中で必ず抑圧される側に回る属性を持っているからそうなっているわけで、罰する方向のシステムを強化しても意味なんかあるわけがない。

 

いじめに関して学校が責任を負う範囲というのは、それが簡単には起きないように努める努力とか、組織として認知したら(ここで「他人を納得させるだけの証拠」が必要になる)全力で守るとか解決を考える部分の話だ。

その点において教師は今回のケースでは割と現実的な範囲でよくやったほうだろう。

ここまで問題が激化して、父親に知らせてなかったことが伺えるけど生徒とのやりとりを通じて家族にそれを知らせることが内心の状況をより悪化させることになるという配慮だったのではないかと思う。

 

その状況を作り上げていた家庭環境が何だったのかが自殺についての最終的な問題部分だと思う。

 

なぜ父親に知らせなかったのか?

それは生徒が死んでも知らせたくないと思っていたからなわけで、それは家庭内でも色んな問題が起きていたことを示唆している。

4年前に飲食店を開業して、資金繰りが不調で時々給食費も収められなかった家庭で、家庭はいじめられっ子にとって休息できる場所ではなかった。

 

「お父さん助けて」と言えなかった状況は様々な状況を伺わせる。

本当は父親の涙の大部分は、「ちょっと学校行きたくないかな」的なやりとりを『どうでもいいからさっさと行け』と流してしまった自分への後悔で占められているはずだ。

 

自分の子供の命に責任をもつのは父親と教師のどちらか?

これはいじめだろうが犯罪だろうが病気だろうが、普遍的に変わることのない当然の常識だ。

いじめというのは人間の精神の闇の部分を開放した一種の犯罪であって、起きている場所が学校かどうかだけの話で命題的には「犯罪から自分の子供を守る」というテーマの話だからだ。

(死ぬかもしれない過酷な授業を、事前通告無しで学校が強制したならそりゃ学校が全面的に悪いだろうけど。)

 

自殺しようと思うほど執拗に暴行を受けている子供の体のアザとかに家族は誰も気づかなかったんだろうか?

いくら教師に権限があったところで、生徒を裸に剥いて身体検査をするわけにはいくまい。

家族だったらふざけて風呂場に乱入したり、ありがちなコミュニケーションの最中で気づくような話のはずだ。生活ノートも時々不在時に抜き打ちで盗み見したりはするはずだ。

 

死を決意するほど落ち込んでいるのなら、家族だったら普通は異変に気づく。

自分の店がどれだけ忙しくて大変でも、親の責任は変質しない。

他人がどう悪かろうが自分の家族を死ぬまで追い込むようなやつを成敗するのは家族の責任であって、その責任を他人が職を棒に振るリスクを負ってまで代理してくれると思ったら大間違いだ。

 

この父親は、自分の子供がまさかいじめ被害で自殺するとは思いもしなかっただろう。

その辺の現実感のなさは父親だけじゃなくて学校や教師にとっても同じであって、誰もにとってのまさかだったはずだ。

つまり普通はありえないたらればの話しに、他人が自分の生活をかけてまで踏み込んでくれると期待するのは甘すぎる。

 

究極の話、臓器移植が必要になった子供の臓器移植には家族かドナー登録者の死体しか応じない。

命を守るというのはそういうことであって、教師の信頼、社会の信頼とかの屁理屈へ逃げる昨今の風潮は異常だと思う。

場合によっては教師が首謀者だったりするかもしれないしな。

 

まるで消費者か権力者のように果たせなかった自分の責任を他人になすりつける社会は狂っている。

鶏を売ってもらおうと思って、鶏小屋に入った時でも野性味の強い鶏は異邦人を追放しようと威嚇して跳ねまわる。

 

どれだけ文明が発展しても、最後の縄張りは自分で守るしかない。

その本能を失った奴は自ら鶏舎のブロイラーに成り下がっている。

 

 

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自分で証拠を集めていじめっ子や学校を追い詰めるか。
あるいはしちめんどくさい屁理屈をすっとばしていじめっ子を張り倒すか。
ルールや常識を逸脱してでもやらなきゃいけないことってあるのよ。
思春期の子は中々打ち明けないけど、察することは出来るはずで。

 

 

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岩手県矢巾町(やはばちょう)のJR矢幅(やはば)駅で中学2年の村松亮君(13)が列車にひかれ死亡した事故で、村松君がいじめ被害をほのめかす内容をノートに記述し自殺したとみられることについて、飲食店を営む父親(40)が9日、産経新聞の取材に応じた。死体検案書には「鉄道自殺」と明記されており、長男の死について「真相を明らかにしてほしい」と訴えた。

 ノートは村松君の自宅で見つかった。担任に提出していた「生活記録ノート」で、いじめの苦しみや自殺をほのめかす内容が随所につづられていた。

 「先生に助けを求めていたのに…。無視された」。父親が最も衝撃を受けたのは、村松君が亡くなる6日前の6月29日に書かれた内容だった。

 「ボクがいつ消えるかはわかりません。ですが、先生からたくさん希望をもらいました。感謝しています。もうすこしがんばってみます。ただ、もう市ぬ場所はきまってるんですけどね。まあいいか」(原文ママ)。「市ぬ」は「死ぬ」の意味とも読める。遺書ともとれる深刻な内容だが、7月1、2日に秋田県仙北市で予定されていた1泊2日の宿泊研修の直前で、担任の女性教諭は「明日からの研修たのしみましょうね」と記しただけだった。

 「髪の毛をつかんで顔を机に打ち付けられていた」「複数の男子生徒に殴られていた」「しつこく砂をかけられていた」

 村松君の死後にノートの存在を知った父親のもとには、村松君の悲痛な訴えを裏付ける証言が、同級生や保護者からもたらされた。

 父親は4年前に飲食店を開店。当初は経済的に苦しく、給食費を期日に納められなかったこともあったという。村松君は、昼も夜も懸命に働く父親に心配をかけたくない思いからか、苦しみを吐露したのは同居する祖父だけだった。父親によると、「おじいちゃんに言って少し楽になった」と話していたという。

via: 岩手中2死亡 「先生に助け求めていたのに…」男児の父親が悲痛な訴え (産経新聞) – Yahoo!ニュース

 

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コメント

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  • コメント (12)

    • 迦陵頻伽
    • 2015年 7月 11日

    理不尽でもない
    義務教育課程で逃げ場所はない
    先生に助けてというメッセージは出している
    実際 クラス内でいじめの現場を同級生などが見ている
    先生も把握しているとの事らしいので

    被害者が中傷されるというのも  おかしな話である
    中学生の子を持つ親なら 現在どこの子もそんなものだろうし わかるだろう

    いじめを把握父子家庭というの言う事を考えても 
    配慮に欠ける事があったんだろう
    先生が親に報告していたりすれば また違うだろうし

    「死を決意するほど落ち込んでいるのなら、家族だったら普通は異変に気づく」

    これも違う  子供はわからないようにする
    多くのいじめにあう子供は親には心配かけたくないと思う 
    必死にわからないようにする 
    親は まさか 死ぬまで思い詰めている状況は経験ないだろうし
    気がつかない親の方が圧倒的である
    親に落ち度はないと思う 知っていれば別だが

    そして何より実際に自殺してしまったという事が一番重たい
    いじめを把握しているのに関わらず 先生に無視された 
    そして 死んだ  

    事件として処理していき関係者の厳格な処分を望む

    • 偏り見る者
    • 2015年 7月 12日

    軍茶利さんが体罰を効果的に行うことを期待するエースと呼べる名教師でも、
    警察に根回ししてすぐに法のけじめをつけさせる態勢を作っていますよ。
    というか、おそらくその様なその他大勢の教師の顰蹙を買う決断が出来るからエースなんでしょうね。

    そもそも「法治を逸脱した閉鎖空間」が有る時点で、どうしても社会の法治と矛盾が出るんですよね。
    閉鎖空間を一番保ちたいのは特に怠惰な教師であることを考えると、
    やはり何か起きた時に教師側に責を問われるのはある程度は仕方ないんじゃないでしょうか。

    自分としては結局そんな全無責任態勢はツケが回ることわかりきってるんだから、
    閉鎖空間壊して自分含めみんなで責任分担しましょうよって感じですね。

    • gundari
    • 2015年 7月 12日

    @偏り見る者 さん

    システム的な話はまた別な話ですんで。
    無責任体制と言っても、結局のところ人間は他人のために責任を負うことを嫌だと思う動物なので、他人ではない人間が覚悟を持つことが大事だと思います。

    責任を負う覚悟を他人の子に対して持って失業者になるリスクと、一般的な範囲で職務をこなして(なにもしない奴とかもいるでしょうけど)生徒が自殺するリスクとどっちが確率が高いか計算したら、だれでも後者になる蓋然性が高いと思うんですよ。

    他人を信用するのは良い事ですけど、一番大事なことはやっぱり任せられないと思いますよ。

    • まる
    • 2015年 7月 12日

    いじめだけではなく、失業や失恋みたいな惨事に遭遇したとしても、普通、それ単体では「自殺」まで踏み切らない訳ですから、今回の一件は軍荼利さんがいうように「家庭」でのフォローが不十分で、「閉塞感」を打ち破れなかったことも大きい気がします。
    そういう意味で、このニュースを見たとき、家庭環境にも何か問題があったのではないか、という感想を持ちました。
    両親が共働きで忙しいだとか、核家族化が進んで希薄な近所関係とかだと、学校以外のコミュニティーに接する機会が激減するはずですしね。

    • kum@
    • 2015年 7月 12日

    ある種の閉鎖空間で、治外法権と化している部分がある、という点では職場でのハラスメントも基本的には同じ構図ですよね。
    学校との一番の違いは、被害者に責任能力や判断能力が十分にあるのか、という点でしょう。
    個人的には中学生ともなれば(社会的にはともかくとして)ある程度の判断能力は持っている(べき)と思っているので
    学校のいじめをことさらにピックアップするのは違うかなあ、と思うんですよね。
    以前の記事にも有りましたけど、いじめている側に対する個人責任を取らせる事と、いじめられている側に対する一時的な保護(休学・休職など)と、家庭での見守り、どれも大事だと思いますが
    全寮制などでなければ、やはり家庭が最後はケツ持ちすべきだ、というのもそのとおりだと思います。
    損害賠償しても命は戻ってこないですからね。

    • 迦陵頻伽
    • 2015年 7月 13日

    いじめは解決できないよ。
    いじめっ子を同じ目以上の事を合わせなきゃわからない。本人たちはわかってやってるんだから。

    本人に友達という存在がなければ難しい。
    逃げるが勝ち。そんな学校に行かなくていいんだ。

    • 迦陵頻伽
    • 2015年 7月 13日

    裁判沙汰にしやすくしろとか言ってる愚か者ですが
    やっぱり逃げるしかないもんですかね
    いじめに対しては

    • gundari
    • 2015年 7月 13日

    @迦陵頻伽 さん

    はい。逃げるか、親が出て行ってクソガキを張り倒すかの二択だと思います。

    裁判で民事で勝っても損害賠償命令が出るのが関の山ですし、被害を立証して相手に賠償を請求するためのロジックをカチカチに証明するのは難しいです。
    刑事での有罪の証拠を集めるのも簡単ではありません。
    (タリウム大内みたいな、学内で有名だったキチガイでも初動の服毒事件では逮捕を免れてます。)

    現実としてはほんと、その二択しかないですね。
    どうせ、いじめてる方もただの根性なしです。
    歯が折れるくらいしばきあげて、指でも折ってやったら二度と舐めた真似をしないと思いますよ。

    • 迦陵頻伽
    • 2015年 7月 14日

    いじめの加害者=死んだ(自殺)息子の加害者であるかの様な言動
    そして、
    自分(父親)は被害者であるかの様なふるまいには反吐が出ますね。

    • 迦陵頻伽
    • 2015年 7月 15日

    あの人殺し教師はまだ逮捕されないのか?
    あんな教師は早く逮捕して死刑にしてほしいよ。
    ああいう教師がいるからいじめがなくならないんだよ。

    • 天野大聖
    • 2015年 7月 16日

    中学は出席日数関係なく卒業出来るんだから行かなくていい勉強は塾や通信教育ですればいい
    人間関係なんて相性があるし場所によって千差万別だし学校でわざわざ学ぶべき物ではない
    若い内はモラトリアムが許されるんだから好きなことやればいいと思うけどね
    陸自の少年科に入ってもいいし高卒認定受けてもいいしバイトやパートでお金稼ぐのもいいと思う

    • 迦陵頻伽
    • 2016年 2月 10日

    私の予想ですけど、
    子どもがトラブルを抱えていたことを父親は知っていたと思いますよ
    けど、かりに担任が、生活ノートをもとに父親にいじめや悩みを報告したところで、
    おそらくですけど、この父親は何もしなかったと思いますよ

    こんな言い方したらあれですけど、自殺直前でも異常に気付かない親なわけだから、
    「悩んでいる」とか「いじめに遭っている」とか報告されても、
    「たかが子どもが悩んでるだけ」、「一時のトラブルだろう」って軽く流して何もしなかったと思いますよ

    けど、たぶんこの父親は、子どもがトラブルに巻き込まれてることに気付いていたと思いますよ
    自殺した子はずっと学校生活に馴染めてなかったみたいですし
    けど父親は「知らなかった」で押し通すでしょうね
    死んだ子はもう何も話せません
    「死人に口無し」です

    被害者は自殺した男の子一人だけです
    あとは大なり小なり全員加害者です
    被害者の親は、被害者の親というだけであって、被害者ではありません
    子どもの異常に気付かなかった、事の重大さを認識できなかったという点ではむしろ加害者です
    被害者の父親、それから母親を批判する記事には賛同できます
    おっしゃる通り、最後に子どもを守るのは「親」です
    自分たちは何もしなかったくせに、子どもが自殺したあと学校を責めるにはお門違いです

顔面キムチレッドのネトウヨ達

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