松山市黒田美貴さん殺害、僧侶・来見佳典容疑者を逮捕 DNAなど被害者の爪に残った皮膚と一致か


僧侶と被害者の接点は・・・・?

 

愛媛・松山市のアパートで去年12月、女性が首を切られて殺害された事件で、警察は4日夜、徳島市の僧侶の男を殺人の疑いで逮捕した。

 逮捕されたのは、徳島市の僧侶・来見佳典容疑者(29)。警察の調べによると来見容疑者は、去年12月、松山市のアパートで黒田美貴さん(当時37)の首を刃物のようなもので切りつけ殺害した疑いが持たれている。捜査関係者によると、黒田さんは仕事で頻繁に徳島県に出向いていて来見容疑者とは面識があったとみられている。

via: 松山市女性殺害 徳島市の僧侶の男を逮捕(日本テレビ系(NNN)) – Yahoo!ニュース

 

去年の年末の事件がようやく前進と言うんだけど、ぱっと見異様すぎて、ここまで縁もゆかりも想像がつかない人同士の事件でなら結構早く見つけた方なんだろうね。

こういう場合ありがちなのは、37歳の被害者に対して加害者はもっと年上のストーカーで、これがラスチャンとばかりに必死になった挙句殺したとか連想するけど、この事件の場合は真逆。

 

正直常識の範囲では関連性を思い浮かばない人のほうが多いだろうと思う。

 

ゲスパーにすぎないけど、この二人に接点があったとしたら、被害者の出張だろう。

徳島に頻繁に出張して知り合ったというけど、それがネイリストの仕事だったのかどうか。

ぶっちゃけ、ネイルの仕事ってのは田舎なんか特にだけど、客の数が限られているのでそんなには儲からない。

 

美容室だとか、マッサージ店だとか、何かのショップがついででやっているか、あるいはその逆か。

エステでコースの一環でやってるようなのもあるかもしれない。

 

つまり経営してるにしろ雇われているにしろ、中々飯が食えないのが実情で、歩合給を沢山とっているような一部の人以外は少なからぬ比率でアルバイトをしている。

(実家暮らしで余裕がある人を除外)

 

ステレオタイプな副業となると、保険代理店に登録して片手間で保険の勧誘をしたり、あるいはマルチビジネス(アムウェイとか)をやったりとか、ワインの外交販売とかか。

ネイリストとして徳島に愛媛から出張するとはあまり思えないし(圧倒的に徳島のほうが儲からなさそうだから)、おそらくは副業の出張で僧侶と知り合ったんだろう。

僧侶がネイリストやエステティシャンが販売する美容商品を買うともあまり思えないし。

 

その手の訪問外交販売というのは、女性がやっているとご多聞に漏れず鬱陶しいあれやこれやは避けられないもので、女性に縁がない僧侶という職業柄なにかで容疑者が発狂してストーカー化したってところなのかもしれない。

 

そういう職業のおねーちゃんと遊んでるとよく耳にするけど、女に免疫がないやつに適当なはぐらかし方をすると地雷化する場合も多いらしく、やっぱり大変だそうだ。

僧侶なんか女に免疫がない典型的な職業で、何かでスイッチが入って殺すところまで思いつめたというのはあり得る線なのかも。

 

保険にせよ何かの販売にせよ、僧侶が身の丈を超えた金を使い込んで家で大問題になって、追い詰められた挙句やらかしたというのは可能性的に高い気がする。

 

女相手に下心アリで使った金と、死んだ子の年を数えるほど無駄なことはないもので、もし図星だったら来見容疑者もそこら辺は割りきって考えりゃよかった。

世間知らずに限って思いつめるけど、金なんか黙って置いといても気がつけば無くなってるのが世の真理、金に囚われた時点でアウトだった。

 

 

松山市黒田美貴さん殺害、僧侶・来見佳典容疑者を逮捕 DNAなど被害者の爪に残った皮膚と一致か crime jiken

 

まぁ、写真を見る限りじゃどうせその辺りが正解なんだろうね。
女に金使っただ言い出したら、一体俺なんか何人殺さなきゃいけないんだ。
楽しかったらどうでもいいじゃないw

 

 

松山市黒田美貴さん殺害、僧侶・来見佳典容疑者を逮捕 DNAなど被害者の爪に残った皮膚と一致か crime jiken

 

↓関連記事↓

 

 

 

 

松山市のアパート一室で昨年12月、住人の黒田美貴さん(当時37)が殺害された事件で、愛媛県警は4日夜、徳島市八万町千鳥に住む僧侶、来見佳典(くるみよしのり)容疑者(29)を殺人容疑で逮捕した。

 捜査関係者によると、来見容疑者は昨年12月16日午後4時半~午後8時半ごろ、松山市千舟町1丁目のアパート3階の一室で、黒田さんの首を刃物のようなもので切りつけ、殺害した疑いがある。黒田さんは仕事で徳島へ出向くことがあり、来見容疑者と顔見知りになったとみられる。

 愛媛県警によると、事件当日の夜、黒田さんが自室の居間で血を流して倒れているのを訪れた知人男性が見つけ、通報した。黒田さんの携帯電話がなくなっていたという。県警は面識のある人物による犯行の可能性もあるとみて、交友関係を中心に捜査していた。

via: 徳島の僧侶の男を殺人容疑で逮捕 松山の女性殺害 (朝日新聞デジタル) – Yahoo!ニュース

 

この著者の最新の記事

関連記事

コメント

  • トラックバックは利用できません。

  • コメント (5)

    • マリモランド
    • 2015年 6月 05日

    ● 自宗の依経にも背く失

    また、三部経に固執して法華経を信ぜぬことは、かえって三部経の文に背くこととなる。というのは、『無量寿経』には弥陀の四十八願が説かれているが、その第十八願に
    「たとえ我れ仏を得るとも、十方の衆生が至心信楽して我が国に生ぜんと欲して乃至十念せんに、もし生ぜずんば正覚を取らじ。ただ五逆と誹謗正法の者を除く」

    とあって、たとえ念仏を唱えても、誹謗正法の者は往生できないとされている。正法とは、すでに明らかにしたごとく釈尊出世の本懐たる法華経であるから、これを「千中無一」「捨閉閣抛」「理深解微」などと誹謗し、いくら三部経を信じ念仏を唱えても、それでは自宗の依経にも背反することになって極楽往生など思いもよらぬのである。

    ● 阿弥陀を本尊とする誤り

    次に阿弥陀仏を本尊と立てることについて、批判を加えておく。
    経典によれば阿弥陀にも三種の説があって第一は、無量寿経に説かれる法蔵比丘の十劫成道の阿弥陀仏、第二は、法華経迹門化城喩品に説かれる大通智勝仏の十六人の王子のうち第九王子として、西方極楽浄土に住して法華経を弘通する阿弥陀仏、第三は、法華経薬王品第二十三に説かれる釈尊の垂迹・化身の一人としての阿弥陀仏である。
    いずれの説であっても、法蔵比丘が歴劫修行によって阿弥陀仏に成ったといわれているが、浄土宗で本尊と立てるのは、このうち無量寿経に説かれる阿弥陀仏である。
    しかして、この阿弥陀仏とは、『無量寿経』に

    「法蔵菩薩、今すでに成仏して、現に西方にまします。…成仏してよりこのかた、おおよそ千劫を経たまえり」

    と説かれるごとく、法蔵比丘の十劫成道の仏にして、法華経本門寿量品に説かれる五百塵点劫成道(久遠実成)の釈尊には遠く及ばない。いかに無量寿経の中に、阿弥陀仏の勝れていることを賛嘆しても、それは十劫の中の諸仏と比べて説かれたもので、久遠実成と比べれば遥かに劣ることは当然である。
    この阿弥陀仏の有始・有限性を隠そうとして、浄土門では久遠実成の阿弥陀仏等の珍説を立てたが、もとより浄土三部経には十劫成道以外説かれておらぬ以上、まったく妄説というほかない。
    またもし法華経化城喩品の説に依れば、大通第九王子の阿弥陀仏は西方の衆生済度の任にあたっており、この娑婆世界の衆生済度を任されたのは第十六王子の釈尊であるから、阿弥陀仏は他土無縁の教主となる。ゆえに、我々娑婆世界の衆生にとっては、信仰すべき仏とはならぬのである。
    さらに、最後の法華経薬王品の阿弥陀の説に至れば、久遠実成が顕れおわった後には、阿弥陀も久遠実成の釈尊の垂迹となることが示されているのである。
    かくて仏の経々に照らし判ずる時、阿弥陀を本尊と立てる浄土信仰の邪義は明白である。

    ● 「劣機の故に浅い教えを」は大僻見

    以上述べてきたように、浄土信仰は法華経に比ぶるべくもなく劣っているが、こうした教義・本尊の勝劣をまったく無視するところに、また浄土信仰の大きな誤りが存する。すなわち彼等は、法華経が最勝真実であることを認めても、なお法華経の「難信難解」「難解難入」等の文を引き、劣機に叶わぬ理深解微の教えであると主張するのである。
    しかるに、この「難解難入」等の金言は、

    「諸佛の知慧は、甚深無量なり。其の知慧の門は、難解難入なり。一切の声聞、辟支仏の知ること能わざる所なり」(法華経八八頁)

    と説かれるように、法華経が凡智に計り難いほど勝れていることを示した言葉であって、けっして劣機の衆生を済度しえない等の意味ではない。もし、これをもって、あくまでも理深解微等というなら、彼等が依経としている無量寿経の中にも

    「難きが中にも此の難きに過ぎたるは無し」

    とあるから、まず無量寿経を捨て去るべきではないか。
    そもそも、劣機の故に易しい念仏を立てる等というのは、大変な誤謬である。仏が法華経に説かれた「正直捨方便」「不受余経一偈」等の明言を無視して、人機を中心に仏法を判ずるとなれは、もはや仏法信仰と呼ぶことはできない。また日蓮大聖人は、

    「機に随って法を説くと申すは大なる僻見なり」
    (御書八四六頁)

    「悪人・善人を扶くること亦教えの浅深に依る」(御書ー三六頁)

    「病によりて薬あり。軽病には凡薬をほどこし、重病には仙薬をあたうべし」(御書六九〇頁)

    と仰せられ、劣機であるからこそ、真実最高の教法によらねば救済できぬ、との道理を示されているのてある。

    ● 浄土信仰は無間地獄必定

    以上、浄土信仰批判を種々述べてきたが、経典に照らす時、かかる浄土信仰の末路は無間地獄が決定している。
    その故は、浄土門においては「理深解微」「千中無一」「捨閉閣抛」等といって法華経を誹謗しており、これは『法華経』に

    「若し人信ぜずして この経を毀謗せば則ち一切 世間の仏種を断ぜん…其の人命終して 阿鼻獄に入らん」(法華経一七五頁)

    等と説かれるごとく、無間地獄に堕ちる業因となるからである。
    されば中国の善導は、一刻も早く往生せんことを願って、柳の木に首を吊って自殺を計ったと伝えられており、日本の法然においても、死後、その
    墓をあばかれ、骨を鴨川に投げ捨てられている。その他、念仏の高僧等も、ただならぬ死に様を示して地獄に堕ちているのである。

    ● 人生をむしばむ種々の害毒

    また、浄土信仰の教義は、
    「この現実社会は汚れた世の中であるから、この世に生きてあるうちは、苦しみがあってもしかたがない。しかし、西方十万億土の彼方に、阿弥陀仏の住む極楽浄土という世界がある。この阿弥陀仏にすがって、一心に念仏を称えていれば、死んでから極楽に行き、幸せになれる」

    と説くものであり、要するに、「この世の中では、どんなに頑張っても幸せになれない。阿弥陀にすがって、死んでから幸せになろう」という教えであるから、これを信仰していくと、その思想的影響によってすぐに現実から逃避したがる。非常に諦めの強い、退廃的で優柔不断な性格、生き方になっていく。そして、現実を逃避する厭世主義であるから、
    日蓮大聖人が、

    「念仏をよくよく申せば自害の心出来し候ぞ」(御書七四六頁)

    と仰せのように、ついには自殺まで走る例が多く出てくるのである。
    このほか、浄土の邪義に起因する世の不幸・苦悩は、まさに筆舌に尽くし難いものがあり、まことに恐るべき宗旨といわざるをえないのである。
    浄土信仰の者においては、
    「臨終の時、地獄に堕つる者は黒色となる上、其の身重きこと千引の石の如し」(御書ー二九〇頁)
    との御金言をよくよく肝に銘ずるべきであろう。

    • マリモランド
    • 2015年 6月 05日

    邪教 念仏宗

    ● 成立の歴史

    中国における浄土信仰は、曇鸞(476ー542年)が菩提留支三蔵から『観無量寿経』を授かり、もっぱら浄土教を修行したのが始まりで、その後、道綽(562ー645年)が曇鸞の建てた浄土礼讚の碑を見て感激し、浄土門に帰依、浄土教の弘通に専念した。この道綽の弟子・善道(618ー681年)は、人々に称名念仏を勧め、長安を中心に浄土信仰を大成した。

    以上の曇鸞・道綽・善道の三人が、中国に浄土教を弘通した祖であり、浄土の三師ともいう。
    日本では法然房源空(1133ー1212年)が、承安5年(1175年)、善道の著述した『観経疏』にある称名念仏の教えに感動して浄土宗を開創した。
    もともと法然は、13歳にして比叡山に登り、天台宗を学んでいたのであるが、すでに末法の到来と共に形骸化していた叡山は、僧兵の横行等によって修羅の巷となっており、法然は、ここに真の道を求めることができないと思ってか、法相、三論、真言、律、華厳等の各宗を研学している。しかして、結局は何も掴めぬまま、空しく諸宗研学より戻ったのであるが、ある日、善道の『観経疏』を手にして大いに感動し、浄土宗を開創したのである。この時、法然は43歳であった。
    法然の弟子には、聖光、隆寛、善慧、親鸞等々がいるが、開祖法然の死後、十数派に分派している。このうち親鸞の一派は、後に浄土真宗(真の浄土宗との意)を名のるようになったが、それも現在までに十数派に分派している。
    現在の檀家数は、浄土宗600万人、浄土真宗1千数百万人程度といわれているが、その寺院のほとんどは、仏教本来の衆生済度の使命も忘れ、葬式等を生活の糧とする葬式屋と化している。それゆえ、僧侶の多くは出家としての立場を失い、他の職業を持つ片手間に法事等を行って、なんとか命脈を保とうとしているのが実情である。

    ● 教義と本尊

    浄土宗・浄土真宗とも、阿弥陀経・無量寿経(雙観経ともいう。浄土真宗においては大無量寿経または大経とも呼び、最も重用な経であるとする)・観無量寿経(観経ともいう)の、いわゆる浄土の三部経を所依の経典とする。
    本尊には、西方十万億土の極楽浄土に住むという阿弥陀仏を立てている。
    そして、この世は穢土(汚れた世界)であって苦しみから逃れることはできないが、ただ阿弥陀仏の慈悲を信じ、一心に阿弥陀の名号だけを唱える(称名念仏・専修念仏という)ならば、いかなる無智・悪人であろうとも、命終の後、極楽浄土に往生(再生)できるとして、厭離穢土・欣求浄土を中心思想とし、称名念仏をもって修行する。
    浄土信仰は、自力による救済を否定して阿弥陀の他力にすがるところから、他力信仰ともいわれるが、浄土真宗においては、さらに自力を排し、阿弥陀の絶体他力による往生を強調している。そして、『称名念仏』という行に重きを置く浄土宗に対して、浄土真宗の方は、”阿弥陀如来の働きによって生ずるのであり、その信を起こすことによって極楽往生が保障される ”と説いている。
    いずれにしても、こうした教義を立てる浄土信仰の根本的な立場は、教法の勝劣に依るのではなく、自らの機根の下劣であることを鑑み、それにふさわしい易しい教法・修行として念仏を選択するところにある。
    すなわち、中国の浄土教の祖たる曇鸞は、竜樹の著といわれる『十住毘婆沙論』の難行・易行(難しい修行と、易しい修行)の教判を引いて、易行とは称名念仏であると立て、さらに道綽は、仏教を聖道・浄土の二門(教法は勝れるが、機根下劣な者には悟ることが難しい聖道門と劣機のための、易しい修行で救われる浄土門)に分けて、浄土門を信じなくてはいけないとした。善導にいたると、曇鸞・道綽の教えの上に、さらに正行・雑行(ただ念仏だけを修行する正行と、他の種々の修行を行なう雑行)の判を立て、正行を修せよとしたのである。
    また、これら三師の解釈をもとに、日本の浄土宗の開祖・法然は、その著書『選択本願念仏集』の中に、浄土三部経以外の法華経等の諸経は、理深解微(教理が深すぎて劣機の衆生には悟れない)の法門であり、千中無一(千人が修行しても一人も救われない)の行であるから、これらを捨閉閣抛(捨てよ閉じよ閣おけ抛て)して百即百生(百人が百人とも往生できる)の浄土三部経に帰依し阿弥陀仏の名号を称えよ、と説いているのである。
    このほか法然の
    「経をえらぶにあらず、機をはからふなり」(要義問答)

    「聖道門は法門は深しといえども今の機には叶わず、浄土は浅きに似たれども今の機に叶い易い」(三心料簡および御説法)
    との言葉にも明らかなごとく、浄土信仰の所詮は、人の機根が下劣である故に易しい念仏を選択する、というところに尽きる。

    ● 方便権教を依経とする失

    まず、浄土宗の依経たる浄土の三部経であるが、これは、釈尊一代聖教のうち方等部に属する権大乗教である。
    そもそも釈尊一代五十年の説法中において最勝真実の経は、後八年に説かれた法華経であり、それ以前の四十余年の経々は、衆生を法華経へ導くための方便の仮説である。
    たとえていえば、家を建てる際の足代は、ひとたび家が完成してしまえば取り去らなければならないが、これと同様に、四十余年の経々も、法華経が説き明かされた後においては、その存在意義を失うのである。
    その証拠に、法華経の開経たる『無量義経』には

    「四十余年には未だ真実を顕さず」(法華経二三頁)

    と説かれ、『法華経方便品』には

    「正直に方便を捨てて ただ無上道を説く」(法華経一二四頁)

    と説かれて、法華真実の明文が宣べられている。
    ゆえに、四十余年の教説である浄土三部経は捨て去るべき方便であり、阿弥陀仏というも極楽浄土というも、所詮は架空の権仏・権土にすぎぬのである。
    こうした批判をかわそうとしてか、浄土門の輩は、浄土三部経の説時が法華経より後であった等の妄説を立てるが、これとて経文をよくよく拝してみると、『法華経』の序品には

    「韋提希の子・阿闍世王、若干百千の眷属とともなりき」(法華経五八頁)

    とあるのに対し、浄土三部経の『観無量寿経』には
    「その時、王舎城に一人の太子あり、阿闍世と名づく」

    とある。つまり、観無量寿経が説かれた時には、阿闍世はまだ太子であったが、法華経が説かれる時には、すでに王位について仏教に帰依していたことがわかる。ゆえに、法華経と浄土三部経の説時の前後は明らかである。
    また浄土三部経の『無量寿経』の
    「当来の世に経道滅尽せんに、我ら哀愍を以ってひとり此の経を留めて止住せんこと百歳ならん」

    との文を引き、末法に入って法華経等の一切経の功力が滅しても、浄土門だけは滅しない、ゆえに浄土三部経こそ真実最高の教えであるとの主張をなすが、それをいうなら法華経にも

    「後の末世の、法滅せんと欲せんと時に於て、この経典を受持し」云々(法華経三九一頁)

    「悪世末法の時、よく此の経を持たん者は」云々(法華経四六一頁)

    「後の五百歳の中に、閻浮提に広宣流布して、断絶せしむること無けん」(法華経五三九頁)

    と説かれており、時間の長短(百歳と五百歳)ひとつを比べてみても、無量寿経は遠く及ばないのである。
    このほか、いかに自経を賛嘆する文を三部経より引用しようとも、「この経第一なり」との賛嘆の言辞がみられるのは、いずれの経々においても同様であって、けっして浄土三部経に限ったことではない。
    それは、諸経の勝劣・相対は所対によって異なるが故であり、我が宗祖日蓮大聖人は、

    「所詮所対を見て経々の勝劣を弁ふべきなり」(御書七三二頁)

    「無上の言は、大乗に似たりといえども、これ小乗を指すなり。外道の邪法に対すれば、小乗をも正法といはん」(御書二六頁)

    等と明かされている。すなわち、外道に相対する時には小乗教も真実無上の教えであるが、諸大乗教と相対する時には小乗教は偏頗を免れぬ、という道理である。ゆえに、諸経中に「この経第一なり」との言辞が記されていても、それをもって、ただちに一切経の中で最高真実である、と決することはできぬのである。

    しかるに『法華経法師品』には、

    「我が所説の経典、無量千万億にして、已に説き、今説き、當に説かん。而も其の中に於て、此の法華経、最もこれ難信難解なり」(法華経三二五頁)

    と説かれ、法華経は、釈尊が過去(已)・現在(今)・未来(当)に説く一切経に超過して、最勝である旨が明かされている。已今当に超過するとは、他の経典に絶えて見られぬところであり、ここに、一代聖教中、真実最勝の経は法華経であることが明白となるのである。
    かくして浄土の三部経は、四十余年の方便権教として捨て去らねばならない。

    • 迦陵頻伽
    • 2015年 6月 08日


    論拠は自宗のみ、相手の主張は聞かない。
    そんなことばかりしてるから「ほう、ほけきょう」と言われる。
    事件や問題の度にここぞとばかりに押し売りするんじゃ君らのきらいな学会と変わらんよ。

    • マリモランドさんへ
    • 2015年 8月 25日

    あなたのコメントから察するに①正宗の信者、②顕正会の会員
    ③創価学会の会員のいずれかに感じる。

    それはさておきまず、あなたも尊ばれる釈尊は「南無妙法蓮華経」を
    唱える事でご利益がある、さらに仏の境界に至るなどとは説いていない。

    明解であるが、成仏法が途方もなく難しいと言われた法華経を易行化
    したのが日蓮聖人である。

    故に法華経の通りに実践をせず「南無妙法蓮華経」を唱える事を選択された
    方々は「釈迦を捨て、日蓮を選んだ」とさえ言えるはず。
    どうせなら釈迦の経説ではなく日蓮聖人の教説を要とした日蓮仏教と
    謳ってくれ。

    • 哲学万歳
    • 2016年 6月 16日

    何が正しい、これが正しい!それは間違いだ!!という人は仏教でいう修羅道を歩んでるのでしょうね。他の意見や立場を認めず、われの進む道以外認めない。世界で起こっている悲しい出来事そのもののような気がする・・・

顔面キムチレッドのネトウヨ達

カテゴリー

ページ上部へ戻る